『手帖』のキャプション
「女調教師が優美な半長靴を穿いて獅子や虎の体の上を歩いたとき、私は有頂天（エクスタシー）を感じました……」（『女天下』第三巻によるとトリエストのドールン出版とあるので、ガルツィス筆かと思われる）　

【馬・註】　　　
　本章は、『病的性心理』に載った「Ｍ男から女王様(職業的女主人)への手紙」、いわゆる「奴隷の手紙」の紹介。
　その一節に
「サーカスの女猛獣使いを見たとき、私はこの上なく喜ばしく思いました。
この女調教師が、踵の高い優美な半長靴を穿いた足で獅子や虎の身体の上を歩いた時、私は有頂天を感じました」
とあることから挿画10-1が採用されました。

ところで…
「トリエストのドールン出版とあるので、ガルツィス筆かと思われる」は、ちょっと意味不明ですね。

ちなみに、『手帖』が挿絵を流用している「Die Weiberherrschaft...（女天下）」を調べてみると、『手帖』第26章２番目の挿絵(26-2)も、出典は「トリエストのドールン出版」の本で、描いたのは、"F. Gareis(ガーライス)"であることがわかりました。
　どうやら沼は、"Gareis"の"e"を"t"と見間違え、"Gartis(ガルツィス)"と読んでしまったようです。

　それにしても、「トリエストのドールン出版」の本の挿絵を必ずガーライス（沼の言うガルツィス）が描くと限ったものでもないし、この絵と、26-2とは筆致もかなり違います。
　このキャプション、沼がハッタリをカマした（カッコよく言えば「衒学趣味を発揮した」？）例かもしれません。　

 Anonyme Zeichnung.  Verlag Dohrm, Triest　 (第�V巻p167)

【馬・註】
サーカスでの女性猛獣使いのショーを猛獣の視点から見ると、彼女から鞭でみっちりと仕込まれてきた芸を、大勢の観客の前で、彼女が打ち鳴らす鞭に服従して披露させられるのですから、Ｍ心をそそること、すこぶる大きく、第１０章のＭ男性が、女性猛獣使いがトラやライオンの体の上を歩いたとき、エクスタシーを感じたのも、もっともです。

女性猛獣使いが主人公の映画『ロザリンとライオン(Roselyn et les Lions )』を、そんな視点からご覧になったマゾの皆さまも多いのではないでしょうか。

『手帖』のキャプション
「足を舐めさせることは女主人にとっても快楽なのではないでしょうか」（Ｒ・ヘーゲマン筆）

【馬・註】本章の内容と挿画
本章で紹介の「あるＭ男から職業的女主人への手紙」には、サーカスの女性猛獣使いも言及されていますが、主眼は、「女主人に犬のように扱われたい」という願望で、その具体的内容の一つが、「犬になって女主人の足を嘗めさせられたい」という欲求です。
10-2のキャプションも、この手紙の一節
「そして女主人にとっても、自分の奴隷に、つまり犬に、自分の足を舐めさせるということは、楽しみであるのではないでしょうか？」
を引用したものです。

沼の足舐めコンプレックス　　　　　　　　　
沼の『あるマゾヒストの手帖から』は、「奇譚クラブ」１９５６年６月号から連載が開始されましたが、それに先立つ５月号に 『足舐め小説　マゾヒストの会』を寄稿しています（ちなみに、沼の初登場は、同年４月号に寄稿の『神の酒(ネクタール)を手に入れる方法』）。
内容は、フランスのＭ小説『マゾヒストの会』の抄訳なのですが、沼自身による＜まえがき＞に次の記述があり、沼の足舐めに対する並ならぬ嗜好がわかります。

足舐めにはネクタールとは又異なった味があること。無念無想に舐めていることによって精神の浄化まで期待できるのではないかと思えるほどであることを読者に体験から断言できる。
さて、かように「足舐め」というものの効用を、或いは酔心地を知ってから世間のマゾヒストを見ると、どうも皆さん、この妙味をご存じない方が多いようである。

『家畜人ヤプー』にも足舐め場面は何度か登場します

無造作にサンダルを脱いだポーリーンは、彼の背の上に、伸ばした両足を長々と休めた。肉を刳(く)った凹みにすっぽりと足先が収まった。ニューマが後肢を伸ばして身を起し、首をその足台の上に伸ばして、真っ白な彼女の足の甲を舐めた。（第2章 円盤艇の中で 第4節 狩猟犬訓練）

肉足台に載せた足の片方を上げて、犬の舌が足裏にも届くようにしてやりながら、ポーリーンは自己紹介し、優雅な身のこなしで上半身をクララのほうに向けた。（第3章 驚くべき真相 第１節 自己紹介）

粒が蜜柑ほどもある種無し葡萄の房から一粒取って食べると、残りを従者に示し、
「足に塗って」と指示した。
　美容法としての葡萄液塗布もよく行われる。部屋着の裾を捲り上げさせて、太腿の付根まで露出した両脚に、足先から上へ、葡萄の粒をつぶした漿液(しょうえき)を塗らせるのだ。
液が伝って足先に足裏へとしたたるのを指して
「ナメル、ペロ、お舐め。お前はこっち、お前こっち！」
二匹の犬の舌は液を求めて足の甲から脛にまで及んでいく。　　
(中略)
ペロはいつもはこの特典にあずからないためか、ひどく熱心に舐め進んでいる。　　
（第１９章　朝のひととき　第１節　私室のドリス）

実は、愚仙人(を脳内に宿すR氏)、これまでときどき白人女性の足をお舐めする機会がございましてな。
そんなときには、沼のこれらの言葉を脳裏に浮かべながら興奮したものでございました。
「無念無想に舐めていることによって精神の浄化まで期待できるのではないかと思えるほど」
とか
「首を伸ばして真っ白な彼女の足の甲を舐めた」
とか
「犬の舌は液を求めて足の甲から脛にまで及んでいく」
とか。