沼正三_『手帖』_第54章_マゾッホと犬と猫

第2巻：家畜への変身
（第32章～第67章）

第54章　マゾッホと犬と猫

【内容】　マゾッホの「女＝猫・男＝犬」観を論ず
(第44～54章は犬化願望がテーマ)

14-1
		『手帖』のキャプション鞭の味を教えてあげる……」（『毛皮を着たヴェヌス』の一場面。ワンダの羽織っているのがカツァバイカである（第六八章、第九六章の挿画も同じ筆であるから参照されたい）。

↓54-1の大判画像です

、

≪奇ク≫1954年2月号「あるマゾヒストの手帖から」　第四三マゾッホと犬と猫
マゾッホが女を猫と見、犬についてはまるで自分の友達であるかのような気持ちで過していた、一つの事例として、飼犬を食卓に載せて、家族と同様の皿で同様の食物を与えたという話の挿絵。

馬仙人の感想

本章で沼は、マゾッホの毛皮フェチズムに触れ、次のように記しています。いずれ別章で扱いたいが、毛皮フェティシズムがマゾヒズムに結びついてくるのは、一つにはシャムハーレへの連想もあることフロイトの指摘するごとくであるが、意識的理由としては高貴と豪奢との象徴としての毛皮服装を媒介とする。「シャムハーレ」って何かと思い、調べましたら、ドイツ語のSchamuhaare、英語に直すとshame hair、「恥ずかしい・毛」となり、つまりは恥毛＝陰毛のことでした。それにしても、「マゾヒストは恥毛への連想から毛皮に性的に昂奮する」って、こじつけもいいとこじゃないかいな。フロイトの説には、なるほどと思うところもありますが、変態性欲に関する彼の言説は頓珍漢だと思われてなりません。小説『美しい足に踏まれて』の作者、ジェフ・ニコルスンは、主人公をして「本気だろうか。フロイトは本当にこんな珍説でフェティシズムの心理に説明がつくと思っていたのだろうか」と言わしめています。変態の不思議な心理を、もともと法心理学者だったフロイト如きに分かるもんか。カッコつけてエエ加減なことほざくんじゃないよ、と、まともな変態なら思うんじゃないでしょうか。ところが、沼さん、「マゾヒストは恥毛への連想から毛皮に性的に昂奮する」という珍説を素直に肯定してますね。いつもの沼さんなら、マゾヒストでもない学者が唱えるこんな珍説には、手ひどく批判したり、散々にからかったりして、コテンパンにやっつけるはずなんだけど、「フロイトの指摘するごとく」なんて、あっさり認めちゃっています。相手がフロイトともなると、精神分析学の始祖という「権威」に目が眩んだか、それとも「ボクはね、フロイトのこんな説も、ちゃんと勉強して知ってるんだよ」と誇示したいからか・・・。

54-2
		『手帖』のキャプション牝猫のような美（映画『痴人の愛』のスティール。譲治〔小沢昭一〕を馬にするナオミ〔安田道代〕の若若しい肢体の魅力は忘れられない。このスティールは跳びかかる猫を思わせないか。征服され、尻に敷かれる小沢氏が羨ましかった。

↓54-2の大判画像です

馬仙人の自由研究

沼さんは、安田道代の大ファンだったようです。

本章附記第一（猫のような顔の女―安田道代）の（追記）には

今の女優でいえば、安田道代が「猫のような顔」をしていると思う。

に始まって

とにかく私は彼女の熱狂的ファンであって、時々怪（け）しからぬマゾ妄想に駆られることもあると告白しておく。

まで、およそ１ページに渡って、安田道代に寄せる想いが縷々記されています。

そこで安田道代の画像を何点かペタリ。

それにしても、前章でハイネの妻に関する高尚な考証を展開したと思うと、本章では「どの女優が好みか」なんて下世話な話題を披露。『手帖』は実に幅の広い（懐の深い？）マゾエッセーでございます。

馬仙人の自由研究

安田道代の画像さがしているうちに、安田・小沢コンビの「痴人の愛」の一つ前、叶順子・船越英二コンビの「痴人の愛」（1960年）のＤＶＤが販売されていることに気づき、ついポチってしまいました。

早速見てみたけど・・・
がっかりでしたな。この映画の譲治には、マゾっぽいところはあまりなく、単に「魅力的な女の肉体に溺れるバカな男」としてしか描かれていないように感じられました。「痴人の愛」ならぬ「愚人の愛」ですな。

監督自身にマゾの素養がないことに加えて、当時は世間の皆様にマゾヒズムへの理解がなく、ごく普通の愛欲でないと理解されなかったといった事情があるのかもしれませんね。
舞台となる家の中の様子も、今からみるとなんだか所帯臭がきついし。


	↑ＤＶＤのジャケット写真		↑実際の映像

しかも！　ジャケットの色っぽく楽し気な写真に惹かれて、期待して買ったのに、実際のお馬さんごっこシーンは譲治もナオミも着衣で、ちっとも色っぽくない。こんなの詐欺じゃあ～～！！

はてさて。叶・船越の「痴人の愛」(1960年)から60年。安田・小沢版（1967年）からでも半世紀以上が経ちました。マゾヒズムやマゾヒストへの認知度も上がり、住まいの中もより洗練された現代。マゾヒストも納得の、新しい「痴人の愛」が製作されないものでしょうか。

男性を犬に、女性を猫になぞらえた連鎖エッセーもこの章でお終いです。
S女性が、自分に従順な犬を、自分に従順な男を愛するが如くに愛玩し、また、自由奔放な猫を、自らの同類として愛する、ということは十分にあり得ることかと思います。

もっとも、S女性の中には、犬はあまり好きではない方もいらっしゃることを、経験上存じています。でも、猫を好きでないS女性って、いらっしゃるものでしょうか？

「第五四章　マゾッホと犬と猫」（潮出版社版）　(←外部サイトへのリンク)

←第53章へ	第55章へ→

back to 『手帖』の挿画　目次

back to Index of Books & Movies 「本・映画」目次

back to Realm of Numa Shozo　「沼正三の世界」目次

back to MAIN MENU(Nihongo)

back to MAIN MENU(English)