【データ／DATA】
作者：梶山季之（１９３０―１９７５）
１９６８−６９年（昭和４３−４４年）週刊明星に連載
１９６９年（昭和４４）コンパクト・ブックス（集英社）
１９９０年（平成２）集英社文庫


【物語／STORY】
　謎の混血美人・冴子（推定22歳）は、美青年を狩り集めて奴隷とし、渡米してＳ女性やＭ女性に奴隷をレンタルするビジネスを始める。


変態オンパレード
　「男を飼う」・・・いかにもＭ心をそそるタイトルですね。
　もっとも、冴子さんが狩り集めた美青年には、最初からＭを自覚していた者はいませんでした。
冒頭に先ず登場する魚住アキラは、冴子さんによって女装と被虐愛に目覚めます。
映画俳優・檪（くぬぎ）弘一郎は男色・女色の両刀使い。
大学院生の久留島（くるしま）敏郎は下着フェチ。
美術学校に通う風見吉彦はゴム・マニア。

冴子さんは、調教した４人の奴隷を引き連れ、奴隷レンタルビジネスを開始すべく、当時オリンピックが開かれようとしていたメキシコに渡り、次いでアメリカ・ロスアンゼルスへ向かいます。
物語は、顧客の女性たちをはじめ、映画俳優やギャング、新聞記者など実に多様な人物が絡まりながら進行するのですが、その沢山な登場人物が、誰も彼も、揃いも揃って変態ばかり。尋常な性欲の持ち主は一人も出てきません。
Ｓ女性、Ｍ女性、Ｓ男性、Ｍ男性、風見と同じゴムマニアの女医、女装愛好者、同性愛者、足フェチ・・・・・。

冴子さん自身は、抜群の脚線美を誇る若き妖艶Ｓ女です。妖艶とは言え、未だ処女で、貞操帯で秘所をがっちりガード。ルビーやエメラルドを散りばめた、１８金の貞操帯であります。その貞操帯の鍵を１０万ドル、当時の円相場で３６００万円でなら売り渡す、と言います。
彼女によれば、処女膜とは、単層の偏平上皮という「人間の細胞の中でもっとも下級な、最低の細胞」でできているそうな。
「自分の躰の、一番値打ちのないところを、１０万ドルで売りつけるだなんて、ちょっといい気味じゃない？」
と嘯（うそぶ）く冴子さんでした。

冴子さんに出会ったハリウッドの名士たちは、たちまち冴子さんの虜となり、進んで彼女の奴隷になります。
その中に、自分のことを「女の脚の奴隷、またはハイヒールの下僕」と称する超足フェチ億万長者おじさんがいました。
フランスの、とある城主のそのおじさん、本職は映画製作者で、足フェチ映画を作って大当たり。
イタリアにハイヒール専門の製靴工場も持っており、自分でデザインしたハイヒールを、独自の販売ルートに乗せて、信じられないくらいの利益をあげています。
おまけにラスベガスで酒場も経営。毎日その酒場のカウンターの下に潜り込んで、従業員のグラマー美人たちの脚線美を鑑賞しいるという、トンデモおじさんであります。
その足フェチおじさんが、冴子さんの脚を一目見て、
「これぞ私が探し求めていた理想の脚だ！」
ぞっこん惚れ込み、彼女のために、長年夢みていた「不埒なハイヒール」をつくります。なんと、人の皮で作られ、表面に刺青が施されたハイヒールであります。
殺人事件もからむ紆余曲折があって、死の床についたおじさんは、冴子さんを招いての臨終脚フェチ・プレイをＴＶで全米生中継。その時、かの「不埒なハイヒール」は、おじさんが臨終の際に吐いた夥しい精液を浴びて、世にも不思議な現象を見せたのでありました。
中継は、ケネディー暗殺に次ぐ高い視聴率を上げて、冴子さんの名は全米に轟きます。
その後、冴子さんは、おじさんの遺志に従って、南仏にあるおじさんのお城に変態性欲博物館をつくるのでありました・・・・・。

ま、言うなれば「大人のお伽噺」でありますな。


ヘンタイさん、いらっしゃい
ここでちょっと、『男を飼う』を、他のマゾヒズム文芸作品と比べてみましょう。

日本を代表するマゾヒズム文芸と言えば、やはり『痴人の愛』でしょう。
作者の谷崎潤一郎は、マゾヒストであります。
『痴人の愛』で彼が描いたのは、肉体美を武器に男を翻弄し、思うが侭に支配する女と、そんな女の虜となって、彼女に征服され、支配されて、なおかつそれを喜びとする、一人の男。谷崎は、マゾヒストとして、そのような男女の愛の形を文章で表現してみたいという、止むに止まれぬ気持に突き動かされて『痴人の愛』を書いたのであります。

もうひとつ、忘れてならないのは、『家畜人ヤプー』。
作者の沼正三は、谷崎と同じくマゾヒストであります。彼は、白人女性に大いなる憧憬を抱くマゾヒストとして、日本人男性が白人女性に、「奴隷ごっこ」というプレイではなく本当の隷従を強いられる社会を夢想しました。その夢想の果てに、日本人の末裔が白人女性の家畜となって、彼女らの様々な快楽利便に奉仕を強いられる世界を妄想。そのような、白人女性への極限の隷従を、文章で表現してみたいという、止むに止まれぬ気持に突き動かされて『家畜人ヤプー』を書いたのであります。

さて、それでは、『男を飼う』。梶山季之は、一体いかなる動機からこの作品を書いたのでありましょうか？
梶山は、谷崎や沼とは違い、根っからのマゾヒストではありません。
梶山季之は、もと週刊誌の記者で、小説家となってからは経済物からミステリーやエロ小説まで、幅広い分野の作品を書きました。一月に４００字詰め原稿用紙７００枚から１０００枚分も書いた、売れっ子作家でありました。
そんな彼が、『男を飼う』を書いたのは、単に読者を楽しませてお金を稼ぐためでしょうか？ それとも、お金儲けだけでなく、何か「止むに止まれぬ気持」に突き動かされてのことだったのでしょうか？

『家畜人ヤプー』が「奇譚クラブ」という変態性欲者のための雑誌を発表の場としたのに対し、『男を飼う』は、一般的な読者を対象とする「週刊明星」に連載された小説でした。
ですから、殺人事件も起これば、カジノの内幕話や、セレブリティーの乱稚気パーティーの様子なども盛り込まれ、男性なら誰でも（変態性欲者でなくても）楽しめる、娯楽文芸作品に仕立てられています。
しかしながら、全篇を通して感じられるのは、梶山さんの、性に対する飽くなき好奇心、異常性愛という不思議な性の世界を知りたいという気持であります。
そして、そのような好奇心に突き動かされて調べあげた異常性欲者の世界を、みんなに知らせたいという、ジャーナリスト精神であります。
普通の人には理解できない、異常性愛者の世界。
『男を飼う』では、作中に登場する様々な異常性愛者の生い立ちを紹介し、彼らが一体何故、どのようなきっかけから異常な性愛にのめり込んでいったのかが、一般読者にも理解・納得できる仕組みになっているのであります。

ノンケの人が異常性愛者の世界を中途半端に調べて書くと、とかく興味本位に走り、その世界の住人からは噴飯ものの、頓珍漢なものになりがちです。
しかしそこは流石に敏腕ジャーナリストの梶山さん。よほど取材を重ねたのでしょう、愚仙人の如き変態が読んでも、『男を飼う』に描かれた変態の世界は、中々うまく要点を押さえているように思われるのであります(もちろん、変態の皆さんの中には、愚仙人とは違う感想を抱かれた方もいるでしょうが)。

ちなみに、『ある夢想家の手帖から』を読む限り、沼さんは、どうも梶山さんのことが嫌いのようでした。その理由のひとつは、梶山さんがマゾヒズムを、小説の味付けとしてしか考えていなかったからでありましょう。
沼さんや谷崎氏のような根っからのマゾヒストが、自分自身を表現する手段として書いた作品と、変態性欲に興味を持つ作家が、好奇心に駆られて、いわば外側から変態の世界を観察して書いた作品とでは、自ずから作品の持つ力が違ってきます。
とは言え、『男を飼う』の作者の変態を見る目には、世間一般のそれと違い、どこか温かさのようなものが感じられます。

変態も納得する『男を飼う』。
そればかりか、この文芸作品は、健全な青少年を変態の世界に誘い込む、とんでもない有害図書なのであります。


ヘンタイはタイヘンだ
人は何故異常性愛に走るのか。
『男を飼う』では、登場人物の姿を借りて、異常性欲に目覚める切っ掛けを紹介しています。そこには、実に様々なケースが描かれています。
高校生の時、美しい叔母に踏みつけられる仔猫を見て、マゾに目覚めた男性。
幼児体験がもとでサドになった女性。
女の子の格好を強制された結果、女装を趣味とするようになった男性。
等等。
しかし、同書が、恐らくは敢えて書き漏らした、異常性愛に目覚めるきっかけというものもあるのであります。
それは、即ち、『男を飼う』のような本を読んだことがきっかけとなるケースであります。

試みに、ｙａｈｏｏやｂｉｇｌｏｂｅなど検索エンジンで、「男を飼う」及び「梶山季之」をキーワードに、ホームページを検索してみられよ。
『男を飼う』に出会ったばかりに、セックスの意味すらよく知らない子供だったのに、セックスを理解する前にまずＳＭの世界にのめりこんでしまった、という人がいる。
ＳＭだけではありません。
『男を飼う』を読んで女装に目覚めた人もいる。
『男を飼う』に刺激されて、ゴムマニアやオムツ浣腸マニアになった人もいる。
ホームページに文章を載せる人は、全人口の中のほんの僅かであることを考えると、『男を飼う』の所為で変態になった人は相当数存在することが予想されます。

女性のあられもない姿態が掲載された本や雑誌は、なるべく青少年の目に触れないよう、「有害図書」に指定されたりします。ましてや、男女の交合を思わせる写真など、まず×でしょうね。
でもね、果たして、ハダカの女性の写真や、交合する男女の写真は、青少年の健全な育成を妨げるのでありましょうか？
女性のハダカを見て、即ち性交をしたいと欲するのは、思春期男子のまことに健全な欲求。異性の魅力あるハダカの写真に接しても性交を欲しないとしたら、むしろその方が不健全なのであります。
彼が女性のハダカを見ても性交欲求を感じないのは、
彼の性的嗜好が異性ではなく同性に向いているからか、
性交以外の性愛を欲するからか、
あるいは、そもそもいかなる性的欲求をも感じないからか。
いずれの場合も、彼は、生きていく上で何かと苦労の多い、変態の道を歩むことになるのであります。
つまり、『男を飼う』のように、青少年をタイヘンなヘンタイの世界に誘う本こそ、本当に有害な図書なのであって、それに比べればハダカの男女の交合図など、まことに健全なものであります。
しかもこの小説は、「週刊明星」という、極めて一般的な雑誌を発表の場としていたのであります。アヤシげなる不良文化財に対しては最初から敬して遠ざける、賢明にして品行方正なる青少年であっても、家庭内に無防備に置かれている一般雑誌に対しては接触を妨げるものがなく、そうと知らずに読んでしまい、ヘンタイの世界にハマッテしまう可能性が、極めて大なのであります。

さて、このように申しますと、それでは愚仙人は「かような図書はもっと厳しく取り締まるべきだ」と考えているように思われるかもしれません。
しかし、そうではありません。愚仙人の意図するところは、むしろ、その逆。「有害図書指定」なんて、意味がないのではないか、と言いたいのであります。
だって、そうじゃありませんか。もしも健全なる（？）裸本が×なら、青少年をヘンタイの道に誘いかねない『男を飼う』なんか、完全に×のはず。そして、『男を飼う』が×なら、『家畜人ヤプー』はもとより、『痴人の愛』だって×にしなければならなくなります。
逆に言えば、『痴人の愛』を有害図書に指定できない以上、それよりも有害度の低い一般的なスケベ本を「有害指定」するのは、おかしいと言わざるを得ません。

・・・・・とか言いながら、弊サイトも一応「１８禁」。世間の良識というやつに気を配って、自主規制をしているのであります。


さて、それでは以下に、『男を飼う』の名場面を、批評のために引用してみましょう。