『手帖』のキャプション
何が正常で何が正常でないか、本当に確かに分っている人なんて、居やしないんだわ（ジョン・デンプシー筆）("Tha Thinking Lovers"と題する連作の一枚。足フェチシスト的な召使い願望者を客にとった職業的女主人の独白的思考である)　

『手帖』のキャプション
「服従学校」の表紙　女装（ブロンドのかつら、コルセット、ハイヒール）を強いられた姿で、鞭で責められつつこれから女体への奉仕に入ろうとしているチャールズ(附記参照)　

【馬・註】コプロラグニックな空想
沼が、本章の手紙を紹介したのは

マゾヒストが職業的女主人へ送った手紙。
コプロラグニックな空想が面白いと思う

からです。
「コプロラグニックな空想」とは、具体的には、次のくだりを指しています。

昨夜奴隷は夢を見ました。女主人様から、寝台わきの窓に足を縛って逆さにぶら下げられ、叩かれ、引き裂かれ、突き刺された末、ぶら下がったまま、その頭の下に置かれた尿瓶を、ストローをくわえてからになるまで吸わされました。

そして、その作業がのろかった罰に、今度は女主人様がくだされるものを食べねばなりませんでした。

これについて、沼は

夢に託しているが、もちろん女主人への注文が暗々裏に意味されている。彼女はこの夢を実現化してくれるに違いないのだ。

と述べています。

【馬・註】嗜虐女性による馴致
沼がこの手紙を紹介した動機は、「コプロラグニックな空想が面白いと思う」からだけではありません。

嗜虐女性(サジスチン)を恋人としたばかりに被虐者(マゾヒスト)に化せられてしまった男の告白

であることも、大きな要因です。
本章では、同じ人物の、最初に引用した手紙に先立つ手紙も紹介しています。

（前略）
美しい女主人の制圧下に奴隷として訓練されることを幸福と感じるような人間に、私はどうしてなったか、それは次の事情からでした――

ザクセンのゲラ(地名)で私は或る女流彫刻家と知合いになりました。
初め私たちは心から愛し合いました。

ところが或る日、彼女がいうには、なにか物足らない、男たちから跪いて崇拝されたい、奴隷所有女性たちなら可能な男たちへの命令や支配、それを喜ぶ性向が自分にはある、自分の思いどおりに料理できるような奴隷を持ってみたい……こういうのです。

私は彼女の奴隷になりました。私から申し出たのです。彼女はそれで幸福になり、先に話したような、男を訓練する時の性的快感を感じました。

初めはそうでなかった私も、やがて鞭を受けることを幸福と感じ始めたのです。

（中略）

私の顔の真上に尻をおろした彼女は、鞭を使って子猫の真似(Ｃ技巧*)を仕込むのでした。
さらに自分の体から出た飲物、食物を与えてくれました。

そして、奇妙なことに、いじめられ、仕込まれるほど、私の彼女への愛は深まってゆきました。彼女は私を全く意のままにするところまで私を訓練してしまったのです。……

一九〇八年一月二〇日の午後、スケートをしていた彼女は、あまり勇敢に危険区域まですべっていったため、溺死してしまいました。
*C技巧：クニリングス(Cunnilingus)
（後略）

多くのマゾヒストの告白が幼少時代からのマゾ意識を述べているのに対し、珍しい例であり、似た事例の被害者たる私として極度の関心を持たざるを得ない。

世には男性を訓練してマゾヒスト化することに快を覚える女性もいるのである。

『手帖』第１０６章によると、沼も、彼と同じように、嗜虐女性（イギリス軍の司令官夫人）によって愛尿家に仕込まれたといいます。

「女神を求めて」という章題は、この男性の手紙の一節に
「私は貴女を女神として崇拝したいのです」
とあることから。

本章の締めくくりは・・・

私が復員後今日までの二十数年を、結局司令官夫人の代用品を捜し求めて過してきたように、この男も、失った女流彫刻家の代用品を求めて、こういう職業的女主人を女神と呼ぶまでに至ったのである。

女神と呼ぶまでに―――私は章を改めて、対象神格化（アポテオーゼ）の心的機能を説明することにしよう。

ということで、次章につづきます。