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『手帖』本文より抜粋
夫が家事に従事することは、昔は世間から嗤笑(ししょう)されることを覚悟せねばならなかった。しかし、今では、少々事情が変わってきたようである。
議論は、あとまわしにして、一つ嬶天下(前章の意味での)小説の例として、三橋一夫『サカサマ天国』をあげよう。
倉庫会社社長の美貌で有能な女秘書・園枝が、社長邸の揉め事を解決するという筋だが、夫・番之助は無能の善人で、家事専門に内助に励み、誠心誠意妻に仕えている。
(中略)
皿洗いのエプロンをつけるダグウッドがうらやましいと私が書いて(旧第四項)から五年しかたたぬが、今日では「エプロン亭主」という風俗用語が雑誌に平然と使用されているではないか（たとえば≪婦人朝日≫昭和三三年七月号）。
私たちは、今やエプロン亭主という少数者風俗の仮面を借りることによって、異端者たるマゾヒストと見破られるおそれなしにセルベリズムを満喫し得る時代に生きているのである。
敷かれているからでなく、愛しているから、妻の代りに家事に従事する時代になってきたのである。
(中略)
マゾヒスト諸君、エプロンを着け雑巾を持ち箒(ほうき)を取りたまえ。誰もあなたを変態と言いはしない。
しかも諸君は、職業的女主人との濃厚な、しかしそれだけに危険な、愛戯に比して、米の飯のように安全で飽きの来ない、家庭内セルヴェリズムの極楽に入ることができるのである。
もし、諸君が幸いにして、完全に諸君に代わって家計を支えること園枝夫人のごとき有能なる女性の配偶者となることを得たならば、その幸福はまさに完璧であろう。
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