【馬・註】超楽しい！召使いごっこ (2)
召使いＭのユメは、女主人さまの「入浴や上厠（じょうし）の際のインチメートなサービス」でございます。

女主人様は
「自分たちの身の回りの世話をするのを任務とする奴隷や体僕が男性(おとこ)であることなどは少しも気にかけない」
ので、召使いに奉仕させるため、一糸纏わぬ玉の肌を晒すことに、何のためらいもございません。

一方、召使いの方は、
「女主人の魅力ある容姿に男性の視線を注ぐなどということをあえてせぬよう充分仕込まれて」いなければなりません。

さて、実際にそのようなご奉仕を命じられた場合、Ｍ男性としては

「全裸の女主人さまに、インチメートなサービスをさせていただけること」にＭ的感興を催し、下半身が膨らむのを抑えられないのではないか？

という懸念がございます。

一般男性は女性の裸そのものに慾情するのでしょうが、
Ｍ男性の場合、「自分を男性として意識していない女性」に奉仕させられるという状況に性的昂奮を覚えるのです。
そうした違いはあるとはいえ、
「裸の女性を前にして性器を膨らます」という現象自体に変わりはありません。

全裸の女主人さまへのご奉仕中に、そのような肉体の変化が起こった場合、きっと女主人様は
「お前を信頼して、裸になって奉仕させているのに、慾情を催すとは、何たる不届き物！」
なんて不愉快に思われることでございましょう。

ところが実際には、そういう場面でも、欲情を催すことなく、女主人さまのお望みのご奉仕を実施しうると、愚仙人自身の経験からも言い得るのでございます。
まあ、これには、加齢とともに仙人らしく枯れてきたせいもあるのかもしれませんが。

「性的昂奮なしに奉仕をさせられて、何が楽しいの？」
という疑問は当然起こりますが、これが実に楽しい。

所謂「プレイ」で感じる激しい性的昂奮はありませんが、ほのぼのとした歓びに心が満たされるのでございます。

もとより、マゾヒズムとは「倒錯的な性欲」のはず。
ですから、「性的興奮を拒絶するマゾヒズム」なんて、自己矛盾ぢゃなかろうか、という気もいたします。

もっとも、この点は、前章で触れましたクラフト＝エビングの「患者」が
「鞭打たれたり命令されたりすることには性的興奮を覚えるものの、『美少女に小姓(page)として仕えたい』という夢想には、なんら性的なものはない、と言っていた」
という事例と通ずるものがあるのかもしれません。

『手帖』のキャプション

奴隷市からの帰り　作者不明であるが、白人奴隷が鼻に穴をあけられ手綱につながれているところから見て奴隷願望ある白人マゾヒストの筆と見てよい。白人にとっては黒人奴隷より、このほうが刺戟があることは第一九章附記第五参照。

Heimkehr vom Sklavenmarkt. Anonyme Zeichrung (第 �U巻p 559)

ところで、鶴見祐輔が1931（昭.6）年に著したナポレオンの伝記には、これに似た描写が出てきます。ナポレオンが皇帝となった当時の、彼の妹、ポーリーンの目覚めの場面でございます。

朝十時に女中が香気に満ちた寝室の窓かけを引くと、朝日がちらちらと、数寄(すき)をこらした家具に光った。
そうして彼女がじっとものうげに眼(まなこ)をひらくと、くろんぼのポールがきて、その彫刻のような体を軽々とだいて浴室に運んだ。
（中略）
浴（ゆあみ）からまたポールにだかれて化粧室に帰ると彼女は絹の浴衣につつまれて、鏡の前に座った。
（鶴見祐輔『ナポレオン』　第二部王冠　栄華の絶頂　四.力に生きる兄、美に生きる妹）

『ヤプー』に登場する、黒人奴隷Ｆ１号が、白人女性クララさまを抱えて浴室に運ぶくだりの描写は、これとそっくりでございます。
もしかして、沼の描写は、この『ナポレオン』中の一節に触発されたものなのでございましょうか。

そして、『ヤプー』に登場する白人女性のひとり、ポーリーン・ジャンセンの名は、もしかして、『ナポレオン』に登場するこのナポレオンの妹、ポーリーンにちなむものなのでございましょうか。