怖い女

作・たぬべえ

友人の塚原大介が浮気旅行に行くって。 会社の部下を口説いたら、すぐにＯＫした。 伊豆のリゾートホテルを予約した。１泊２日。 ついては俺にアリバイ工作をやって欲しいと言ってきた。 伊豆に行くのは、俺とゴルフに行く。 だから、2日間は俺も伊豆にいることになっているから、ピョコピョコ出歩くな。 そう言って、大介は10000円くれた。 10000円かよ。少なくねえか？　 大介の親父は社長で、あいつもあと10年もすれば社長だ。今でも結構金は自由になる。 だから、女連れて伊豆のリゾートにも行かれるんだが、結構いいホテルで金使うから、肝心のアリバイは10000円か。 まぁ、いいよ。 あいつはなんにも知らないんだ。 実は俺が、大介の女房の沙紀と付き合っていることを。 どんな女と付き合っているのか。 品川駅に見送りに行った。 いかにもっていう派手な女だ。 でも若い。20歳ちょっとだ。 なんでだろうね。沙紀は30代後半だけれど、いい女なのにね。 金があるから、我慢が出来ないんだろうな。 特急列車が品川駅を出たところで沙紀に電話した。 「行ったよ」 「ありがとう。じゃ、あとは言われた通りにしてね」 沙紀が言った。 特急で２時間半で下田に着く。 下田に着いた時を狙い、大介に電話した。 「すまん。アリバイ失敗。全部、お前のかみさんにバレた」 「どういうことだ！」 「わかってたみたいだな。うちに訪ねてきた。うっかり出ちゃって。 問い詰められたんで白状しちゃったよ」 「お前、どうしてくれるんだ」 「10000円は返すよ」 「そんなものはどうでもいい！」 どうでもいいのか。10000円は儲けだ。 大介は２時間で戻ってきた。熱海から新幹線で来たようだ。 俺は品川駅に来るように言われた。 「とにかく仕事上のことだからで、ごまかす。いいな」 大介は言った。 「ごまかすって？」 「かみさんに謝る。お前も来い」 面白いなぁ。密告したのが俺とも知らずに。 二人で大介のマンションに行った。 沙紀がソファーに腕組をして座っていた。 「すまなかった。許してくれ」 大介は土下座した。 「お前も一緒に謝ってくれ」 なんで俺が一緒に謝らなきゃいけないんだよ、と思ったが、 アリバイ工作で浮気の片棒担いだふりだ。 「奥さん、一度だけのことです。出来心です。許してやってください」 俺は大介と並んで沙紀に土下座した。 笑いをこらえるんで必死だぜ。 「あなたは土下座することはないわ。 事情を聞きたいから帰らないでね。 こっちに座って」 「は、はい」 俺はソファーに座った。 大介も立とうとしたら。 「あなたは土下座。 それもただの土下座じゃ駄目よ。パンツ一丁で土下座しなさい」 あはははは。パンツ一丁で土下座しろだってよ。 どうするんだろう。 「こいつもいるんだ。勘弁してくれ」 大介は言った。 「駄目よ。パンツ一丁で土下座しないなら、離婚よ！」 「わかったよ」 大介は泣きそうだった。 大介は服を脱ぎ、ズボンも脱いでパンツ一丁になって土下座した。 いやー、目の前で男がパンツ一丁で土下座するのをはじめて見たぜ。 しかも、俺と沙紀は不倫の関係だ。 妻とその不倫相手にパンツ一丁で土下座している。 こいつはバカだぜ。 しかも、沙紀は残酷だね。 土下座している大介の頭をスリッパで踏みつけた。 「まぁ、この人のおかげで浮気は未然に済んだんだから、この人にも土下座でお礼を言いなさい」 「ありがとう」 大介は俺の足元に頭をこすりつけていた。 ちょっとだけ良心が痛んだ。 そのあと、俺は大介を飲み屋に連れ出した。 「沙紀さんがいい女なのはわかるけどな。 パン一土下座までしてでも、離婚はしたくないのか？」 「ああ。実は親父と約束で、離婚したら会社の後継は他の者にするって言われているんだ。 社長候補だから、皆もちやほやしてくれる。 それがなくなったら、俺は会社にもいられない」 なるほどね。 俺はあらためて沙紀が恐ろしくなった。 おそらく大介の親父も沙紀に籠絡されたんだろう。 そして、俺も多分、大介のスパイ役として、沙紀に雇われているのか。 スパイ役というよりも、浮気相手に夫を土下座させて、そんな背徳感に浸っているのかもしれない。 怖い女だ。 いや、女はすべて怖いのかもしれないな。

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