楽しいお馬さんごっこ

楽しいお馬さんごっこ
A Short History of Equus Eroticus

とゆーわけで、わしが妄想妖怪・馬仙人ぢゃ。
美しき女人の馬になりたいといふ
奇妙な妄想が凝り固まって生まれた
妄想の化身
それがこのわしぢゃ！

・・・・と、まあ、こんな具合に颯爽と登場したかった処ぢゃが、

「" ～ぢゃ”という言葉遣いは、ダサイからやめなさい！」
と女主人様からきつ～いお叱りを受けてしまふた。
何しろ年も年ぢゃし、長年の口癖を改むるのはちと骨が折れるが、執事たるもの、女主人様のご命令には無条件で服従せねばならん。ぢゃによって、・・・いかんかん、であるからして、ここでは成る可く余所行きの言葉遣ひを心掛けやうと思ふ今日この頃でありまする。

女性上位なお遊び＜愛の馬＞
"Equus Eroticus", a game of Famale Domination

　愚仙人のお話のテーマ、気取って言えば「愛の馬」であります。
　もっと気取ってラテン語で言うとエクウス・エロチクス（Equus Eroticus）。
　ま、有りていに言えば「お馬さんごっこ」ですな。それも、男が馬になり、女が騎手になってのお馬さんごっこ。

　もちろん「愛の馬」にはその逆の組み合わせもあります。しかし、男が、か弱き女性を馬にして支配している図、というものには、「お馬さんごっこ」と呼ぶにはちょっと ――と言うか、かなり――陰惨な印象を受けるのは、愚仙人ばかりではありますまい。

それに比べて、女性が男性を馬にして興ずる姿は、なんとも微笑ましく、’健康的な愛の戯れ’という感じがいたします。優美な女の人が、男を脚許にひざまずかせ、その背中に悠然と騎り跨がって、思いのままに支配している姿を想像してみなされ。ちょいとばかり倒錯的で、そこがまた、堪らなくセクシー。男に君臨する溌剌とした女性の、妖艶な美しさが際立つ、まさに、女性上位を絵にしたようなお遊びですな。
		お馬さんごっこは女性上位な性愛遊戯

ところで、そんな他愛ないお遊びであるお馬さんごっこに、他のどんな行為にもまして激しい性の悦びを感じるという、ちょっと ――と言うか、かなり――変わった男たちが世の中には存在するのです。
　馬族・馬派と呼ばれる、マゾヒストの一派であります。
　お馬さんごっこの、どこが、何故そんなに楽しいのか。その心理についてここであれこれ言うのはやめておきましょう。それよりも、日本のＳＭ界ではすっかり陰の薄くなった馬派の過去を振り返ってみることにいたします。

アリストテレスもハマったお馬さんごっこ
How Aristotle, the first Ponyboy in the history, started his ponyplay.

　馬派Ｍの歴史は古く、紀元前４世紀にまで遡ります。
　当時のギリシャに、アリストテレスという哲学者がおりました。古代ギリシャでは、哲学とは学問一般を指しておりまして、アリストテレスは自然・社会・芸術などあらゆる学芸に精通し、あまたの本を著した、えら～い学者先生であります。

　さて、その大先生、マケドニアの王様に頼まれて、王子（後のアレキサンダー大王）の家庭教師を務めておりました。
　ある日大先生が王宮の庭を散歩をしておりますと、彼方から綺麗な女の人が歩いてきます。宮女のフィリスです。しばしの歓談の後、フィリスはアリストテレス大先生に突飛なおねだりを持ちかけました。

「こうしていると、子供の頃、お馬さんごっこをして遊んだのを思い出すわ。ねえ、せんせ、お願いだから私のお馬さんになってくださらない？　お勉強も大事だけど、たまには気晴らしもよろしいんじゃなくって？」

　最初は渋っていたアリちゃんですが、フィリスがお色気たっぷりにせがむので、ついふらふらと、
「困った娘さんぢゃのう。仕方がない、ちょっとだけぢゃぞ」
なぁんて言いながら、四つんばいになりました。
　願いが叶った宮女のフィリス。アリちゃんに跨がり、手綱までくわえさせて、王宮の庭をハイシハイシと乗り回しました。

		その様子を、そっと見ていた若者がいました。アリストテレスの教え子、アレキサンダー王子です。大先生が、宮女の人間馬に成り果てて、あられもない痴態をさらしている最中に、突然姿を表し、大哲学者先生を散々にからかいました。「これはこれは、アリストテレス先生。普段私に『勉学に励め。女を遠ざけよ』とご訓戒下さっているのに、今日のそのお姿は一体いかに？　娘っ子のお尻に敷かれ、手綱をくわえて、喜々として這い廻っていらっしゃる！　いやはや、先生ほどの勉学を積まれた方でも、女の色香に迷えば喜んでそのようなことをなさるのだから、若くて無学な私が娘に夢中になるのも、無理からぬところではございませんでしょうか？」
馬になったアリストテレス

　
　大学者アリストテレスも、こうなると面目丸潰れですな。
　実は、王子とフィリスは恋仲でした。それを大先生に
「恋愛など勉学の邪魔ですぢゃ」
と戒められ、恋路を妨げられたもので、ムカついていたのであります。
　そこで、フィリスと謀って、見事に大先生をへこませたという次第。
　このお話についてもう少し詳しく知りたい方は、沼正三著『ある夢想家の手帖から』第三章をお読みくだされ。

　フィリスの策略にハマってお馬さんを演じたアリストテレスですが、意外に、これがきっかけとなって、すっかりお馬さんごっこにハマったりして。
アリストテレスは、元祖・馬派Ｍだった!?

このアリストテレスの逸話は、西洋では知る人ぞ知る（知らない人は知らない）話のようです。
　映画『女性上位時代』でも、未知なる性の世界の探究に目覚めたヒロインが、『病的性心理』という本に読みふけるというストーリー展開の中で、本の中の一節としてアリストテレスの逸話が紹介されていました。映画では、ひょんなことから男性を馬にするこに快感を覚えるようになったヒロイン（カトリーヌ・スパーク）が、その本でアリストテレスの逸話を読み、世の中には「お馬さんごっこ」という性愛のカタチがあることを知るのでした。

　欧米のＳＭ界では、いまもお馬さんごっこは人気のプレイのようです。アメリカでは『愛の馬（Ｅｑｕｕｓ　Ｅｒｏｔｉｃｕｓ）』という専門誌が出ていますし、チェコにある女権帝国、Other World Kingdom(略してOWK)でも、女性が人間馬乗馬を楽しむ設備が整っています。

滅びゆく（？）日本の馬族
Ponyboy, one of endangered species of pervs in Japan

　日本でも、ほんの少し前までは、馬派ＭはＳＭ界に一大勢力を誇っていました。
　お馬さんごっこがＳＭプレイの王道だった時代があったのです。
　日本の代表的なマゾ小説、谷崎潤一郎の『痴人の愛』では、主人公は美少女ナオミとのお馬さんごっこが忘れられず、最後のクライマックスでは、彼女の足下に身を投げ、跪いて「己（おれ）を馬にしてくれ」と懇願します。

		また、マゾ随筆の金字塔、沼正三の『ある夢想家の手帖から』でも、全１４０章の冒頭第二章から六章までは女性の乗馬や、お馬さんごっこに関する話題ですし、その後も随所に人間馬に関する章が出てきます。　『奇譚クラブ』や『風俗奇譚』などの変態雑誌でも、おウマさんごっこの登場するＭ小説や、乗馬を楽しむ金髪令嬢の写真なんかがお約束の定番だったものです。
普段は颯爽と馬を駆るカウボーイですが、時には馬になって跨られることもありました（映画「無頼の谷」の１シーンより）

　
ところが、Ｍの古典ともいうべき由緒正しき馬族は、いつのまにやら圧倒的な少数派に転落。今では絶滅の危機に瀕しています。
　ＳＭ雑誌にも、馬派の渇望を癒してくれる記事や写真などめっきり見られなくなりました。馬化妄想を主な食糧とする妄想妖怪・馬仙人としては、近頃は国産のネタが中々手に入らず、困っておるところである。もっとも、その代わりに、インターネットのお陰で洋モノの妄想ネタは手に入れやすくなったけど。

愚仙人には、不思議でならないのです。
　ＳＭが日陰の存在だった時代には、馬派にひそやかな悦びを与える異端メディアがあり、また、そのようなメディアが商売として成り立つだけの数多くの馬派が存在したのに、ＳＭがメジャーになり、市民権を得たと言われる時代になってみると、却って馬派の姿が見えなくなったのは、どうしてなのでしょうか。

　思うに、馬派Ｍの数そのものは今も昔もそう変わらないのではないだろうか。
　ただ、ＳＭという言葉が広く使われるようになり、あれもＳＭ、これもＳＭということになって、Ｍ男の人口が急増した結果、全体の中での馬派の影が薄くなっただけではないかと思う次第でありまする。

　　めげるな、馬派Mの同士諸兄！　

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