貴族への道

作・たぬべえ

「小学校６年にもなって、お前は何を考えてるんだ」。 小宮山洋介は担任教師に呼び出されて怒られた。 洋介は何故自分が怒られているのか理解出来なかった。 「将来の夢」 というタイトルで作文を書いた。 洋介は 「貴族になりたい」 と書いた。 これが 「ふざけている」 と教師から叱責されているのだ。 貴族の何がふざけているのだろうか。 「貴族なんてなぁ、なれるわけないだろう」 と教師は言う。 同級生には 「プロ野球選手」や 「サッカーＪリーガー」 と書いた奴らもいた。 リトルリーグで補欠の奴がプロ野球選手になれるのか。 「プロ野球選手はなぁ努力すればなれないこともないだろう」。 確かに努力すれば何千万分の一くらいの可能性はあるかもしれない。 「貴族なんてなぁ、日本にはいないんだよ」。 確かに日本にはいない。 だが貴族制度のある国は世界にはまだいくらもある。 勿論、世襲で、貴族の家に産まれなければなれない。 しかし、その国の王様のために貢献すれば外国人でも貴族の称号がもらえないとは限らない。 「お前の家は都営住宅じゃないか。都営住宅に住んでる貴族なんているのか」 確かに洋介は都営住宅に住んでいる。 そのことを教師に、どうしてバカにされなければいけないんだ。 父親は建築会社で下働きをしている。 収入も少ない。 そんな父親は都営住宅の抽選に当たった時、ものすごく喜んでいた。その夜は家族で寿司を食べた。 教師の一言は、父親を愚辱されたように洋介は思った。 あの日、家族で寿司を食べた楽しい時間を否定された気分になった。 体育教師に取り押さえられた。 洋介は教師を殴っていた。 次の日、両親が学校に呼ばれた。 ふざけた作文を書いたことと、教師を殴ったこと、この二つで両親は教師に詫びるように言われた。 父親は教師の前に土下座をした。 だが、頭を下げながら言った。 「殴ったことはお詫びします。 しかし、作文のことは何がいけないのか。納得のゆく説明を聞かせてください」 「けっ、この親だから、こんな子供に育つんだ。親子で教師を舐めてやがる」。 教師は言うと父親の頭をスリッパで踏みつけた。 校長先生が止めに入った。 結局、洋介は卒業まで保健室登校ということになり、中学にも要注意生徒という書類を送ることになった。 「なぁ、どうして貴族になりたいんだ」 父親が聞いた。 「本で読んで。明治時代には日本にも貴族がいたんだろう。国家のために頑張った人たちが貴族になれたんだろう。僕も国家のために役立つ人間になりたいんだ」 「勲章じゃ駄目か。 政治家でもいいし、公務員になればもらえる。 文化とかスポーツで功績があればさ、勲章はもらえるぞ」 「勲章なんかじゃ駄目だ」 「しかしなぁ、日本にはもう貴族制度はないしなぁ」 「外国でなるよ」 「なぁ、ホントは貴族になって何がしたいんだよ」 「えーと……、それは……」 洋介はホントのことを言おうかどうしようか迷った。 それは父親にも言うのがちょっと恥ずかしいことだったからだ。 「実は……。お姫様と結婚したいんだ」 思い切って言ってしまった。 「ふふーん、そうか。それなら父さん、お前を応援するよ。貴族になれるようにな」 その日から、両親は洋介が外国で貴族になるための英才教育をすると言い出した。 次の日の食卓には、箸と茶碗が消えていた。 テーブルにはナイフとフォークが並んだ。 「ホントの正式な食べ方は知らないが、常識の範疇でなら、父さんも母さんも知っている。 これからは食卓は西洋式で行く。食事のマナーは貴族の第一歩だ」 鯵の干物や、鮭の塩焼き、ほうれん草のお浸しといった料理は食卓から消えた。 鮭はムニエルになり、ほうれん草はソティーになった。 翌週は英語の家庭教師が来た。 父親は教師代のために夜間のアルバイトをはじめたらしい。 「父さん、何故、そこまで」 「息子の可能性を伸ばすのは父親の役目だよ」 「でも」 「お前も見ていたろう。父さんがあの先生に土下座させられて、スリッパで頭を踏まれたのを。あの屈辱を晴らすには、お前がホンモノの貴族になるしかないんだよ。いいな。俺も母さんもお前が貴族になるためになら、なんでもするからな」 中学に入り、洋介の成績はどんどん上がった。 家庭教師のおかげもあり、英語の成績はいつもトップだった。 中学２年からは、フランス語も習いはじめた。 さらに、貴族の必須科目としてフェンシングと乗馬もはじめた。 「俺もお前に負けてはいられないからな」。 父親は洋介の習い事のためにはじめた深夜のカレーショップのアルバイトがあっていたようだ。一年で店長になり、二年後にはオーナーから 「資金を出してやるから自分の店を持て」 と言われるまでになっていた。 収入も三倍くらいに増えた。 「もう金の心配はいらない。高校はイギリスに留学するんだ。お前なら大丈夫だ」 「父さん、ありがとう」 「いや、礼を言うのは父さんだよ。お前のために頑張って、父さんも今じゃ、カレー屋の主人になれたんだからな」 洋介は中学を卒業すると、イギリスへ旅立った。 「血は争えないわね」 洋介を送ったあと、母親が言った。 父親もその昔、貴族になりたかったのだ。 貴族になって、お姫様と結婚したい。父親もそんな夢を抱いた時期があった。 しかし、大人たちにバカにされ、父親の夢は潰えた。 大学を出て会社に勤めたが、心のどこかで貴族になりたいという夢は捨て切れなかった。 会社を辞めて外国を旅したが、夢は叶わなかった。 貴族になれず、お姫様とも出会わなかった。 だが、帰国してある日、女王様に出会った。 「それが私だったのね」 母親は言った。 「貴族にならずに奴隷になっちまった」 父親は笑った。 息子は旅立った。 狭い都営住宅の部屋では出来なかった。 今宵は久々に、女王様と奴隷で楽しもうと両親は思っていた。

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