塞翁が馬

作・たぬべえ

９

「来ちゃった」 あゆは今日も例のバーに行った。 「ごゆっくり」 店は賑わっている。 12時に客たちは帰って行った。 「早仕舞いするかな」 マスターが言った。 「いいの？」 「しょうがないだろう。あゆちゃんがいるんだから」 ホテルに行った。 「こういうの、やってみる」 マスターはバッグからペニスバンドを出した。 「な、何これ？」 「腰につけてみて」 あゆはペニスバンドを装着した。 「似合うよ」マスターは笑いながら言った。 一週間が過ぎた。 奥田からは、今まで紅葉のやってきた仕事をパソコンに入力するように言われた。 「やるとさ、モミちゃんのやって来た仕事がだいたいわかるでしょう」 その間にハローワークに求人を出した。 仕事を探しに行くんじゃなく、事務のバイトの求人に行った。 顔見知りの職員が怪訝な顔をした。 「小さな会社だけど、就職しまして」 「そうなんだ。よかったね」 話していたら。 「あのう、以前、お会いしましたよね」 長身の美女が話し掛けてきた。 30歳くらいだろうか。 「事務職ですか？私じゃ駄目ですか？」 売り込んできた。 短いスカートで、仕事出来そう。 「バイトなんだ、求人」 「でも、実力あれば正社員登用ありですか？」 「どうなんだろう。 僕、入ったばかり、というか会社も出来たばかりで」 「どんな業種ですか」 「アパレルなんだけれど、というか、デザイナーの秋野紅葉って知っている？」 「知らないわけないじゃないですか」 「だよね。 紅葉の個人事務所で、彼の権利とかの管理しているんだ」 「えーっ、なら、バイトでもいいです。 やりたいです。 私、鮫島亜紀といいます」 履歴書持ち歩いている。 スゲエ。 Ｓ女子大出て、Ａ社の広報課にいたんだ。 なんで辞めたの？一身上の都合か。 それでバイトでいいって。 いや、秋野紅葉が凄いのか。 いや、彼女を雇ったら、紅葉が 「うん、中山君いいや。鮫島君が営業部長」 とか言いかねない。 何せ気分で決める。 でも、それも「塞翁が馬」か。 まぁ、彼女じゃなくても、そうなる可能性はいつもあるんだ。 「どうされました？」 亜紀が聞いた。 「僕の一存では決められない。 明日、会社に来てください。 社長が面接します」 「ありがとうございます」 「僕に採用の決定権はないんで。 社長と紅葉が決めるから」 「えーっ、秋野先生もいらっしゃるんですか」 「紅葉知ってるの？」 「会ったことはありませんが、お写真では」 なら安心だ。 いきなり、ずんぐりむっくりの親父が唐山の着物で出て来たら驚くよ。 「というわけで、明日３時にバイトが面接に来ます」 紅葉が事務所にいたので報告した。 「いちいち僕が面接しなくても、中山君がいいなら、それでいいよ。 ねえ、社長」 「構いませんよ」 奥田が言った。 「履歴書あずかってきてます」 紅葉に亜紀の履歴書を見せた。 「うん。いいよ。 秋野と亜紀で」 「このキャリアなら、正社員でいいんじゃない」 奥田が言った。 「バイト二人雇わず、彼女一人で」 「なら、それでいいよ。決まり」 って、面接やる前に決めていいのか！

★

翌日、亜紀が事務所のドアを開けた瞬間。 「採用。決定」と紅葉が言った。 さすがに驚いている亜紀に。 「もみちゃん、こういう人だから。 あとは中山君から条件聞いて、鮫島さんがよければ、採用ということで」 奥田が言った。 「そういうことだから。うちで働いてくれると嬉しいなぁ」 紅葉は言い、 「ボクちゃん忙しいから、あとはよろしくね」 と言って帰っていった。 進一が隣の応接室で亜紀に、奥田と相談して決めた条件を出した。 「正社員にしていただけるんですね」 「うん。鮫島さんさえ、よければ」 給料も前の会社で進一がもらっていたのの倍近い。 そんなに払って大丈夫なのか。 ｢今は紅葉の権利の管理が仕事だけれど、紅葉の弟子や、他のデザイナーで新しいブランド作ったり、新人の育成したり、忙しくなると思うけれど｣ 「思い切って中山さんに声掛けてよかったです」 亜紀は言った。 「ＯＫ？」 奥田が入って来た。 「はい。よろしくお願いします」 亜紀が挨拶した。 「社長の奥田さん。 紅葉とは友達なんですよね」 「うん。飲み友達。 あっ、ＯＫなら、これ契約書ね」 「奥田さんは弁護士なんだ」 「凄いですね」 亜紀が言った。 「僕は繋ぎ。 しばらくしたらね、中山君が社長になるから」 奥田が言った。 「えっ？」 進一は驚いた。 「もみちゃんは、君のことを買っているんだよ」 奥田は言った。 そうなのか、紅葉が買っている？　 いや、気分屋だから。ぬか喜びさせて、いつクビになるかもしれない。 むしろ、鮫島亜紀は仕事も出来そうだし、人当たりもいいし、何より美人だ。 来年の今頃は亜紀が社長で、進一は部下かもしれない。 「じゃ、契約書にサインしたら、今日は飲みに行こうか」 奥田が言った。 「お互い、よく知っていたほうがいいだろう」 奥田がよく行くという居酒屋で１時間ほど飲んだ。 魚のうまい店で、亜紀はかなり喜んでいた。 １時間したら、「あとは若い者で」と言って帰って行った。 何か勘違いしている？　 いや、六五歳だって言っていたから、単に疲れたから帰ったのか。

★★

「ねえねえ、部長」 亜紀が言った。 「部長？　あっ、僕か」 「なんか、おかしいですね」 「まだ部長になれてないですよ。 昨日までは部下もいなかった」 「ひとつ聞いていいですか」 「はい」 「秋野先生って、変態だって噂あるでしょう」 「紅葉はあの通りの人です。 変態っちゃ変態かな」 「そういうんじゃなくて。 ネットにいろいろ書いてあって」 書いてあるんだ。 そういう誹謗中傷みいなのは見ていなかった。 見なきゃいけないのか。 「その……、赤ちゃんプレイが好きだとか」 「赤ちゃんプレイ？」 どうなんだろう。 やってたら気持ち悪いけど、ない話じゃないよなぁ。 「部長は、どうして秋野先生と知り合ったんですか？」 亜紀が聞いた。 なんて言おうか。 ちょっと言葉を選びながら。 「前の会社、僕が前に勤めていた会社の上司が紅葉と知り合いだったんだ。 で、僕は前の会社は契約社員だったんで、契約が切れたんで、紅葉に誘われた。 多分、前の会社の上司が紅葉に頼んでくれたんじゃないかな」 「前の会社の上司さんっていい方なんですね」 「うん。 凄くいい人だった」 真由美のチームは、皆、いい人だったなぁ。 そして、あゆだ。 あゆとは、急に連絡が取れなくなり、そのままだ。 でも一度、あゆは訪ねて来たんだ。 連絡が取れなかったのは、なんかわけがあったのか。 真由美や松子なら、わけを知っているはずだが、彼女たちに聞くわけにはゆかない。 「ねえ、鮫島さん」 「はい」 「人間万事塞翁が馬って知ってますか」 「ええ。勿論」 「僕ね、前の会社の前は、正社員だったんだけれどリストラされまして。 その時の上司がね、言ったんです。 人間万事塞翁が馬って言おうと思ったのを間違えて。人間万事馬だって」 「あはははは」 「でもね、人間万事塞翁が馬って言われてたら、気にも止めていなかった。 彼が人間万事馬だなんて間違えてくれたから、人間万事塞翁が馬という言葉が身に沁みています」

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