塞翁が馬

作・たぬべえ

３

次の日、あゆから「大事な話がある」と言われ、夜に会う約束をした。 いきなりカラオケに行き、別れ話を切り出された。 彼氏が謝って 「二度と浮気はしない」 と言ったんだそうだ。 「今となっては、進一……じゃないや。中山君とセックスしなくてよかったと思っている」 あゆは言った。 進一は納得した。 所詮、自分じゃ、あゆを幸福には出来ないんだ。 「わかった」 進一は小声でつぶやいた。 口惜し涙が少しだけこぼれた。 「ごめんなさい」 あゆが言った。 「いいんだ。今まで、ありがとう。ホントに楽しかった」 進一は精一杯に言った。 あゆが泣きそうな顔を見せた。 「南さんが心配していた」 進一は昨日、小百合とあゆの話をしたことを話した。 「そうだったんだ。南さん心配してくれてたんだ」 「いい仲間だね」 「うん、いい仲間だよ。 中山君もいい仲間だよ」 進一はもうすぐ職場を去らねばならないのだ。 その時、小百合の言葉がリフレインした。 「礼にはじまり礼に終わる」。 進一は覚悟を決めた。その場で服を脱いで、ブリーフ一枚になった。 「ちょっと何してるの？」 あゆが驚いたように言った。 男のケジメだよ。 礼にはじまり礼に終わる。 「いままでありがとうございました」 進一はその場に土下座をした。 「何やってるのよ｣ 「礼にはじまり礼に終わる、さ」 「土下座はともかく、何も裸にならなくてもいいのに」 確かにそりゃそうだ。 だが、パン一土下座のほうが、より情けなく、土下座の価値が大きいように思えた。 「進一のそんな姿見たら別れられなくなっちゃうじゃないの」 そう言ってあゆは笑い、足を進一の股間に伸ばした。 進一のペニスは実はブリーフからはみ出しそうなくらい勃起していたのだ。 「絶対にセックスしないなら、ホテルに行ってもいいよ」 あゆが不思議なことを言った。 それってホテル行く意味がないだろう。 でもまぁ、それも二人の想い出になるから。 いいじゃないか。 進一は思った。

★

繁華街のすぐ近くにホテル街があった。 適当なところに入った。 二人きりになったけれど、黙って二人でビールを飲んでいた。 いや、ビールも一口口をつけただけだ。 ただ無言で時が流れた。 「やっぱり、これでお別れなんだよね」 進一がつぶやいた。 「ごめん」 あゆが言った。 いや、あゆが謝ることじゃないんだ。 「お別れ」は仕方がない。 綺麗に別れるんなら、やはりカラオケで別れるべきで、あゆの言葉に甘えてホテルに来たのは進一の誤りだった。 進一はビールを飲み干した。 「じゃ、帰るよ」 進一が言うと、あゆは、 「最後に」 と小さい声で言った。 また靴を舐めるのか、と進一は思った。 「進一のしたいこと、なんでもしてあげる。セックス以外なら」 あゆの思わぬ言葉だった。 「進一に助けてもらって、ホントに感謝している。 それをわかって欲しい」 わかっているよ。 その気持ちは。 だから、ホテルに来たんだ。 だけど、ホテルに来て、セックス以外って。 進一は考えた。 キスだったら、カラオケでも出来た。 あゆとの想い出を心に刻むには、何がいいんだ？ 進一はしばらく考えて、そして言った。 「あゆの裸が見たい」 あゆはちょっと驚いたように進一を見た。 「勿論、全裸じゃなくていい。 下着姿でいいんだ。 それを心に刻んでおきたい。 あゆっていう女の子を俺の歴史の中に」 言ってから、進一はちょっと照れた。 だが、あゆは無言だった。 「いや、駄目ならいいんだ」 進一はあゆの気持ちを察して言った。 いくらなんでも別れる男に裸になれと言われて脱ぐ女はいまい。 いいんだよ。 駄目なら諦めて帰るだけだ。 ここまででも、あゆは進一の歴史に刻まれる大切な女の一人なんだ。 「下着ならいいよ」 あゆは言った。 「でも一人じゃ恥ずかしいから、進一も脱いで。 それから」 一呼吸置いて、あゆが言った。 「女の子が裸になるんだから。ちゃんとお願いして」 あゆにとっては、進一に頭を下げられて仕方なく脱ぐという言い訳も欲しいかったのだ。 「あゆ様、裸を見せてください。お願いします」 進一は土下座をして言った。 「じゃ、進一も脱いで待っててね」 そう言って、あゆはバスルームに消えた。 進一は洋服を脱いだ。 さっきはパン一だった。 それはカラオケルームだったからだ。 ここでは気兼ねはいらない。 進一はパンツも脱ぎ捨てた。 あゆの下着姿を見せてもらう。 だから、あゆには自分のすべてを見てもらおう。 だが、勃起したペニスを見せるのはためらわれた。 恥ずかしいというよりも、あゆに恐れを抱かせてしまうのではないか。 セックスは厳禁なのだ。 進一は別のことを考えて勃起を抑えようとしたが駄目だった。 いや、一時的に抑えても、あゆの下着姿を見たなら、どうにもならない。

★★

バタン。 バスルームのドアが開く音がした。 あゆが出て来る。 進一は勃起したチンコを隠す意味でも、ふたたび土下座のポーズをとった。 そして、恐る恐る顔を見上げた。 黒のブラジャーとパンティ姿のあゆがいた。 下着姿なのに、外履きのハイヒールは履いている。 土下座した視線からでもわかった。 「進一ったら、パンツも脱いじゃったの？」 あゆが笑いながら言った。 「でもダメなんだよ」 「わかってるよ。 だから、絶対に約束は守る。 でも、これが俺なんだ。 あゆにも俺のすべてを見て欲しい」 進一はそう言って、あゆの前にそそり勃ったチンコを見せた。 「カワイイ」 あゆは言った。 進一のチンコを見て、あゆは「カワイイ」と言った。 「俺のチンコってやっぱり小さいか」 進一は言った。 自信がないわけではなかった。 でも、男は普通、他の男とチンコの大きさを比べることはあまりない。 体育会系なら別か。 自分のチンコの大小は付き合った女性に客観的評価を仰ぐしかない。 だがそれも、それまでの女性の男性遍歴によるもので、決して客観的とは言えない。 また、案外女性は男に気を遣って嘘をつくものなのだ。 「あっ、小さいって意味じゃないよ」 あゆが言った。 それも一種の気遣いかもしれない。 「進一の気持ちだよ」 「俺の気持ちってどういうことだよ」 「進一が私のために、おちんちん大きくしてくれている。 そのことが嬉しいの」 嬉しいけれど、セックスはダメなんだ。 あゆは彼氏と復縁した。 いいんだよ。これで終わりだ。もう諦めよう。 進一は思った。

★★★

「寝て」 あゆが言った。 「せっかく、ここ広いんだから」 そう。 二人用のカラオケよりはかなり広い。 広い部屋は広く使ったほうがいい。 進一は部屋の中央に全裸のまま、横になった。 「ふふふふふ」 あゆが笑った。 上から全裸で、そそり勃ったチンコを女の子に見られているという状況に、チンコはますます反応し、ピクピクと痙攣し出した。 あゆはゆっくりと、進一の顔をハイヒールのまま踏んだ。 まず、ほっぺたをつま先で、そのまま顔の中央につま先を運ぶと、ヒールがほっぺたを突き刺した。 「今度は舐めて」 口の上に靴底を持って来たので、進一はいつものように舌を伸ばした。 これでいいのだ。 進一はあゆの靴舐め奴隷だった。 靴舐め奴隷だけれど、靴舐め奴隷の分際でほのかな恋心を抱いた。 そして、そんな進一に、あゆ様はご褒美をくださったのだ。 それでいい。 それでいいんだ。 体にズシンと重が掛かった。 あゆがもう片方の足を進一の腹に乗せて、全体重を進一に乗せた。 たいして重くはない。 重くはないが、腹にヒールが突き刺さり、かなり痛かった。 気が付いたのか、あゆは爪先立ちになった。 進一は真下からあゆを見上げた。 小柄だけれど、下から見ると案外オッパイは大きく見える。 そして、黒のパンティが。 そう。 進一が勃起していたように、あゆもビショビショに濡れて、黒いパンティなのに染みがわかるだけでなく、愛液が足を伝わって零れるのがわかった。 しばらくして、あゆは進一の体から降りた。 「ありがとうね」 言うと、あゆはそのままバスルームに消えた。 「ありがとう、あゆ様」 進一はそう声を掛けると、急いで服を着て、あゆより一足先にホテルを出た。 いいんだ。 もうこれ以上は、何も求めることはないんだ。 礼にはじまり礼に終わる。それでいいじゃないか。

４⇒

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