なりゆき

作・たぬべえ

７

「この頃、浅香さんって、なんか優しくない？」 「言葉遣いも丁寧になったし」 「とくに女の子には親切よね」 「私、この間、台車押してたら手伝ってくれたし。 手伝い方がさ、自然なのよ」 「他の男も見習って欲しいわね」 最近、雄一郎の評判がＯＬさんたちにいい。 雄一郎が響子のエプロン奴隷になって一年が過ぎた。 雄一郎は朝、響子の部屋に行き、掃除と朝食の支度と靴磨き、休日は洗濯や風呂掃除もして過ごした。 あとは普通の関係だった。 以前のように、映画や美術館のデートもした。 でも、「奴隷として調教する」と言われた日から。 自然と響子に対する言葉は敬語になり、バッグも持つようになった。 そして、そんな行動が自然と身につき、会社でもものごしが柔らかで優しい人、という評判になっていた。 仕事に対してもきめ細かになり、ＯＬさんだけでなく、上司や得意先にも評判がよくなっていた。 そんな生活が一年続き、雄一郎は課長に昇進した。 「おめでとう、雄君、凄い！」 響子は祝福してくれた。 「私もね、雄君に報告があるの。 Ａ商事に内定決まったんだ」 そうだ。付き合い出して一年になる。 響子も大学四年になっていた。 「それはおめでとう。 Ａ商事って言えば、大企業じゃないか。 おめでとう。 お祝いしよう」 二人は次の日、高級レストランに行った。 楽しい食事の一時だった。 だが、雄一郎は考えた。 響子は来年から学生ではなくなる。 Ａ商事に行けば、まわりはエリートの男ばかりだ。 新しい恋もはじまるかもしれない。 俺との遊びの時間は終わりかもしれない。 課長になったとはいえ、雄一郎の勤め先は中小企業だ。 いつ潰れるかもしれない。 それに、二人の出会いはパンティ泥棒で、雄一郎はいろんな痴態を響子の前でさせらして来て、今は恋人なのかエプロン奴隷なのかもよくわからない。 そろそろ別れの時が来たのかもしれない。 いや、ふと思ったのは。 恋人としては別れても、このまま一生響子のエプロン奴隷として生きる道もあるんじゃないか。 響子に新しい恋人が出来て、その恋人と結婚しても、エプロン奴隷としてなら、一生響子の側にいられるのではないか。 食事のあと、二人で川のほとりを歩いた。 このままの関係を続けて、来年の春に響子から別れ話を切り出されるか、今ここで雄一郎が身を引くか、それとも……、一生奴隷にしてもらうよう頼むか。 「響子さん、お願いがある」 雄一郎は意を決して話はじめた。 「僕を一生、響子さんの側に置いて欲しい」 「それってプロポーズなわけ？」 響子は微笑んで、言った。 いや、そんな、プロポーズなんて、大それたことは考えてもいなかった。 えーっ、もしかして第四の選択肢があった？ 「でも、こんな変態男は駄目だよね」 雄一郎は言った。 「前にも言ったよね。 私は変態なところも含めて、雄君が好きだって」 「それじゃ……」 「でも、そのプロポーズは×です」 「えっ？」 「変態らしく、全裸土下座でプロポーズしてください」 「全裸土下座ですか？」 でも、全裸土下座なんて、時々やらされているし、今さら新味はないんだけれど。 「わかった。なんか別の方法で、二三日うちにプロポーズする」 「うん。よろしくね」 思わぬ展開に、雄一郎はとまどって喜んで、でも一生、響子の尻に敷かれる人生は確実で、それはそれで楽しいとも思った。 数日後、雄一郎は響子にウエディングドレスをプレゼントした。 それと、乗馬鞭と首輪も。 そして、いつものようにマンションの床に全裸土下座をした。 「響子様、どうか僕を奴隷夫として側に置いてください」 「ちょっと待ってて」 響子はウエディングドレスを着て、雄一郎の背中にまたがった。 ピシャリ。 乗馬鞭が雄一郎の尻を叩いた。 「ヒヒーン」と言って、雄一郎は歩きはじめた。

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