なりゆき

作・たぬべえ

８

マンションを買うことにした。 30年ローン。 払っていかれるのか。 万が一、会社をリストラになったら、どうするよ。 「まぁ、私も働いてるし。 というか、私のほうがお給料多いし。 問題ないんじゃない」 響子が言った。 買うと決めたら、キッチンは広くないといけない、とか、クローゼットが欲しいとか、響子はうるさかったが、予算と考えたら、かなり郊外のマンションだ。 でも駅近で、響子の勤めるA社には私鉄乗り入れで一本で行かれる。 ２ＬＤＫ。 子供出来たら、どうするんだ？ 作らない気か。 もしかしたら、ＳＭだけでセックスはさせてもらえないのか。 雄一郎に不安がよぎる。 「響ちゃん、料理なんか、やるの？」 「なんで？」 「キッチンにこだわって」 「たまにはやるよ。 でも、普段は雄君が作って」 「やっぱり」 「朝は裸エプロンで」 「えーっ」 「雄君が裸エプロンで朝ご飯作ってくれるの、べッドから見ていたい」 壮絶な新婚生活になりそうだ。 というか、さんざん雄一郎は響子のエプロン奴隷をやってきたんだしね。 やはり聞いたほうがいいか。 「奴隷とはセックスはしない？」 「奴隷って？」 「俺は奴隷なんだろう」 「プレイの時だけだよ。 これからは雄ちゃんは私の夫だよ」 「じゃ、セックスはありなんだね」 「もちろんじゃん」 雄一郎はホッとした。 親にも挨拶に行かねばならない。 「どうする？」 雄一郎の親は千葉だが、響子の親は北陸だった。 「新幹線ですぐだよ」 「反対されないかな」 「反対するよ、それは」 「えーっ、あっさり言うなぁ」 「親は県会議員の息子と結婚させる気だった」 「どうするんだよ」 「県会議員の息子と決闘してくれるかなぁ」 「決闘？」 どこまでマジで言ってるんだよ。 まぁ、とにかく、年内に響子の実家には行くことになる。 「ねえねえ、私たちって旅行とか行ってないよね」 「旅行？」 「この際だから、婚前旅行は？」 「何それ？」 「実家の近くには温泉も海もあるし」 蟹とかうまいらしい。 蟹食って、温泉入って、親に挨拶して、決闘して。 楽しい旅になりそうだ。 「やっぱり普通の結婚生活がしたいよね」 響子の実家に行った帰りの新幹線の中、響子がポツリと言った。 雄一郎はなんと答えていいのか、わからなかった。 「私は、普通の結婚生活でもいいと思う。 日常があってこそのＳＭだから」 「俺は、覚悟は出来ているよ」 響子と生きてゆかれれば、もう他のことはどうでもよかった。 会社で出世できたのも、多分、響子のおやかげで、人に優しくなれたからなんじゃないか。響子に会わなかったら、ただの陰湿なスケベ男だったかもしれない。 「子供が出来たら、普通のお父さん、お母さんじゃないと」 確かに、そうだけれど。 普通って何だ？　 家族が十あれば、十の家族があるだろう。 「なんにしろ、俺は響子さんについていく」 「わかった。じゃ、夫婦の時間の半分は、私が女王様でもいい？」 「もちろん」 翌週、雄一郎と響子は新居の近くの家具センターに行った。 いろいろ家具を見た。 帰り道、バスを待っていたら、街道の向こう側に大きなラブホテルがあるのが見えた。 「子供が出来たら、中古の軽でいいから、車を買いたい」 雄一郎が言った。 「車？」 「家族でどっかドライブに行きたいし」 「うん」 「夫婦の時間はあそこで過ごすのもいいと思うんだ」 目でラブホテルを示すと、響子は「ふふふ」と笑った。 そのラブホテルの部屋はかなり広かった。 雄一郎はパンツ一丁で久々に響子の前に土下座した。 「これからもよろしくお願いします」 雄一郎は床に頭をつけて言った。 「ここなら、いろんなことが出来そうね」 そのラブホテルは、鞭や拘束具のレンタルもやっていた。 「やっぱ、雄ちゃんとなら一生飽きないと思うよ」 「俺もだよ」 「女王と奴隷だったり、夫と妻だったり、お父さんとお母さんだったり。 毎日が楽しいよね。 二人で一生楽しんで暮らそう」 「よろしくお願いします」 雄一郎は頭を下げた。 パンツを盗んだのが人生の転機、そんなこともあるんだ。 人生何が起こるか、ホントにわからない。 雄一郎はいいほうにサイコロがころがった。 ゆっくり歩いて、響子が土下座する雄一郎の前に立ち、 「頭をちゃんと床につけてね」 と言って、頭をグイグイと踏んだ。 うーん、果たして、いいほうに転がったんだろうか。 転がったんだよ。 響子に頭を踏まれながら、雄一郎のペニスははちきれんばかりに大きくなっているのだから。

おしまい

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