いじめっ娘

作・たぬべえ

１

山田要一は都立Ｄ高校で教師をしている。 最近、彼のもとに差出人不明のメールが来た。 「先生のクラスでいじめがあります。 女子による男子への性的ないじめです」。 そんなバカなことがあるものか。 女子が男子に性的ないじめって。 こんな匿名メールなんか信じるものか。 とも思うが、もしも、ホントにいじめがあって事件にでもなったらタイヘンだ。 とりあえず、クラス委員の岡田隆と瑞樹優奈を呼んだ。 「クラスでいじめなんてないよな」 「ないと思いますけど……。 なぁ、瑞樹」 「私たち受験生ですよ。そんなことしている暇なんてないですよ」 「だよな」 やっぱり取り越し苦労だったようだ。 要一はいじめのことはすっかり忘れていた。 数日後、要一はウキウキしていた。 夜に、新しく出来た彼女、石田晴美とデートの約束をしていたのだ。 今日こそ決めよう。 要一はその日、黒のビキニブリーフを履いて、やる気満々だった。 放課後、帰ろうと思ってパソコンのメールのチェックをしていたら、 「いじめの件で相談があります。 美術室に来てください」 というメールが。 おいおい、マジかよ。 どうせいたずらだろう。 無視して帰ろうかとも思ったが、万が一事件になったら、そんな思いが頭をよぎった。 なーに、デートまではまだ時間がある。 要一は美術室のある校舎へ向かった。 校庭や体育館では運動部の練習する声が聞こえているが、美術室のある校舎は誰もいず静かだ。 美術室の前のトイレの前を通り掛かった時、女子トイレの中から声がした。 えっ？ 「ほら脱げよ。脱いでチンチン見せてごらん」 「やめてよ。勘弁してよ。パンツは許してよ」 「ダメ。早くチンチン見せて」 「恥ずかしいよーッ」 「やだ。 あんた、チンチン勃ってるの。 なら、そのまましごいて、白い液出すとこ、見せてよ」 おいおい。 女子の男子へいじめだ。 どうしよう。 場所は女子トイレ……。 だが、見て見ぬふりは出来ない。 いじめられている男子は要一に助けを求めて来たのだ。 「おい！何をやってるんだ」 要一は女子トイレに飛び込んだ。 女子トイレには誰もいなかった。 そうか。 個室だ。 戸の閉まっている個室が一つある。 ここだ！ バタン。 いきなりドアが開き、個室から出て来たのはクラス委員の瑞樹優奈だった。 「キャーッ！先生、何やってるのよ」 「いや、違うんだ。 いじめが。 今ここで男子が」 もしかしたら、個室の中で瑞樹優奈が男子をいじめていたのかと思い、要一は個室をのぞき込んだ。 しかし、そこには男子はいなかった。 あれ……。 「先生、ここ女子トイレですよ」 「わかっている。 でも、確かに声が」 「私の他は誰もいません」 「そ、そうか」 「そうかじゃないですよ。 何やってるんですか」 「だから……」 優奈は踵を返して出て行こうとした。 「おい、どこへ行く」 「決まってるでしょ。 職員室です。 先生が女子トイレにいきなり入って来たって言います」 要一は驚いた。 誤解だ。 誤解だよ。 そんなことされたら、教師生命が……。 いや、例のメールを見せて、冷静に話せば先生方はわかってくれる。 いや、わかってくれないかもしれない。 疑惑は残る。 スケベ教師のレッテルを貼られて……。 ダメだダメだ。 「待ってくれ！」 要一は行こうとする優奈の腕を掴んだ。 「キャー、何するの！」 「頼む。 大きな声を出さないでくれ」 「離して！」 優奈は要一の手をふりはらい、要一の胸をついた。 要一はバランスを崩し、トイレのタイルに尻餅をついた。 「待ってくれ。 先生が悪かった。 だから行かないで」 要一は懇願した。 「悪かった？　 じゃ、やっぱり、のぞこうと思って女子トイレに入って来たのね」 優奈がふり返った。 「そ、それは……」 どうしてそういうことになってしまうのだ。 「先生が反省してるんなら。 私、誰にも言わないであげてもいいよ。 出来心だよね、先生。 出来心で先生の人生終わっちゃうのも可哀想だよね」 そうだ。 こんなことで人生終わるわけにはいかない。 優奈が黙っていてくれるなら、この場はそれで逃れよう。 要一は思った。 「悪かった。 先生、反省する。 許してくれ。 瑞樹」 要一はトイレのタイルに跪いて、女子高生に懇願した。 「わかったわ。 ただし、そんな謝り方じゃダメ。 パンツ一丁になって土下座して。 そうしたら黙っててあげるわ」 そんな。 生徒の前で、パンツ一丁で土下座だなんて！ 躊躇したら、優奈はまた出て行くそぶりを見せた。 「わかった。 なる。 なるから行かないでくれ」。 要一はあわてて服を脱いだ。 ズボンを脱ぐのもためらってはいられない。 要一はパンツ一丁になると、トイレのタイルに両手をついて頭を下げた。 「うふふふふ。 先生、そのパンツ、何？」 あーっ。そうだ。 今日はデートで、黒ビキニブリーフ……。 「先生って変態？」 優奈は個室の洋式便器に腰をおろして、大笑いした。 便器に座っている女子高生の前に、ビキニブリーフ一枚で土下座している教師。 他人が見たらなんだとおもうだろう。 カシャ。 要一の頭上でシャッター音がした。 優奈がパンツ一丁で土下座の要一の姿を携帯に収めた。 どういうことだ？ 「これで先生は絶対に私の命令には逆らえないってことよ」 嵌められたのか。 要一の頭の中は真っ白になった。 もしかして、俺の人生は終わったのか。 「じゃぁね、先生」 優奈はトイレを出て行った。 「待て、瑞樹」 要一は追おうとしたが、見ると脱いだ服がなくなっていた。 えっ！！ 窓から外を見たら、要一の服は投げ捨てられ裏庭に落ちていた。 優奈の奴……。 ど、どうやってここから出ればいいんだ！　 要一は愕然とした。 放課後とは言え、まだ校舎には生徒たちが残っていた。 この格好で校舎内をうろつくわけにはいかない。 なんとか脱出しないと。 ここは女子トイレだ。 もし万が一、女子が入って来たら。 パンツ一丁で女子トイレにいるのが見付かったら、ホントに人生が終わってしまう。 とにかくここを出よう。 要一は女子トイレの戸をそっと開け、廊下に誰もいないのを確認して外へ出た。 そして、とりあえず誰もいない美術準備室に駆け込んだ。 一安心だが、ゆっくりはしていられない。 校舎の裏庭には人はあまり行かないが、それでも誰も行かないわけではない。 服が誰かに拾われたらタイヘンだ。 要一のとるべき道は二つ。 美術室の脇の非常口を出て非常階段を下りれば裏庭に通じている。 そこを一気に行くか。 あるいは、他の普通教室へ行き、服を調達して堂々と裏庭へ向うか。 非常階段を裸で下りるのはリスクが大きい。 外階段で、誰に見られるかわからない。 やはり服を調達しよう。 要一は美術準備室を出ると全力で走った。 一番近い教室へ。 １年６組の教室にすべり込む。 誰もいなかった。 運がいい。 もし誰かいたら、それこそ土下座をして服を貸してもらうつもりだった。 生徒が私物を入れるロッカーがある。 一つ一つチェックする。 12番目のロッカーに鍵が掛かってなかった。 鍵を掛け忘れるバカは必ずいるんだ。 今はただバカに感謝しよう。 ロッカーを開けると、ジャージがあった。 少し小さいが我慢だ。 なんとかジャージを着た。 助かった。 だが、一息ついてはいられない。 裏庭に急いだ。 廊下を走るわけにはいかない。 途中、生徒とすれ違い、 「先生、さようなら」と声を掛けられた。 「さようなら」 要一は挨拶を返した。 小さいジャージを着ている教師を、すれ違った生徒は不審には思っていないようだ。 教師の服装なんて、いちいち気に掛けてはいないということだ。 裏庭には、要一の服が投げ捨てられたままになっていた。 よかった！ 脱力感が起きて、要一はその場にへたり込んだ。 虎口を脱出した。 しかし、パンツ一丁で土下座している写真を瑞樹優奈に撮られてしまった。 この先、どんな風に脅されるかと思うと気が気ではない。 だが、瑞樹優奈は優等生だ。 教師を脅す、なんていうリスクをはたして犯すだろうか。 さっきのはただのいたずら、とも考えられる。 とりあえず、要一は服を抱えて倉庫の裏へ行き、ジャージから元の服に着替えた。 借りたジャージはそのまま焼却炉に投げ入れた。 ごめんな、１年６組の12番よ。 返しに戻って見付かるリスクは避けたいんだよ。 お前が鍵を掛け忘れたのがいけないんだよ。 これに懲りて二度と鍵は掛け忘れるな。 いいな。 要一は、やはり俺は教師だ。 こうやって、ちゃんと生徒を指導している。 と思った。 そうだ、瑞樹優奈にも、脅しなんかリスクが大きいから止めるよう指導して、あの土下座写真を消去させるんだ。 そう思うと要一は勇気が湧いてきた。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ど、どうしてこうなってしまうんだ。 要一は後悔していた。 いま、自分の前には、瑞樹優奈を含む制服姿のカワイイ女子高生が四人並んでいる。 腕を組んだり、腰に手を当てたり。 ミニスカートで仁王立ちの女子高生たち。 その前で要一は、床に正座して両手をついて、土下座をさせられているのだ。 しかも、昨日より酷い。 今日はパンツまで取られて素裸なのだ。 かろうじて、太股でチンコをはさんで女子高生たちの前にチンコをさらしてはいないのだが、女子高生たちの前で全裸土下座なんて……。 翌日の放課後、要一は瑞樹優奈を生徒指導室に呼んだ。 説得して写真を消去させるためだ。 だが、優奈は一人で来ずに、１年生の女子を三人連れてきた。 そのうちの一人は１年６組のクラス委員だった。 そして、もう一人は12番の生徒で、もう一人はその親友だった。 「先生、自分が何をしたのか、わかっていますよね」 「なんのことだ」 「ジャージ泥棒」 「何を言うんだ。 それは瑞樹、お前があんなことをするからで。 ちょっと借りただけだ」 「借りたんなら返すのが常識でしょう。 なんで焼却炉に捨てたんですか」 「そ、それは……」 優奈はすべて見ていたんだ。 もうダメだ。 ここは素直に謝るしかない。 「先生が悪かった。 許してくれ」 要一は四人の女子高生の前に土下座をして謝った。 「許しませんよ」 ６組のクラス委員が言った。 「相沢さんは今朝ジャージがなくなっていて、体育のナマハゲ……、秋田先生に言ったんですが、秋田先生は忘れたんだろうって怒られて。 で、さっき瑞樹先輩から、山田先生が盗んだって聞いて。 なんでそんな酷いことしたんですか！」 「すまなかった。 相沢さん、許してくれ」 要一は頭を床にこすりつけて謝った。 「秋田先生に言ってください」 クラス委員が言った。 「秋田先生に、山田先生が盗んだって言って、相沢さんが忘れたんじゃないって証明してください」 そんなこと出来るわけないだろう。 ナマハゲは怖いんだから。 「まぁ、でも先生が真摯に謝るんなら、許してあげないこともないわよ。 ねえ、相沢さん、柴田さん、三上さん」 優奈が言った。 「真摯に謝るって……」 「裸になって土下座で許してあげるわ。 今日はあの変態パンツも脱いで、全裸で土下座よ。 でないと、ナマハゲに全部言うわよ！」 「わかった。 それだけは許してくれ」 仕方がなかった。 要一は全裸で土下座をした。 パシャパシャパシャパシャ。 携帯のシャッター音が四回、頭の上で鳴った。 俺は終わった。 要一は思った。

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