ホームドラマ

作・たぬべえ

３

逆プロポーズ

このところ、純也は定時で独身寮に帰っていた。 帰ってもとくにやることはなく、業界紙に目を通したり、音楽を聞いたりして過ごしていた。 マリとはその後、二度ほど食事に行った。 デートというわけではないつもりでいたのだが。メールで時々連絡を取り合っている。 マリはこの間、純也たちが開発した新製品の販売で忙しい。 「落ち着いたらまた会おうね。 早く会いたい」 なんて恋人に言うようなメールが毎日のように来る。 そうだ。今日は久々に「マイクとその家族」のＤＶＤを見よう。 高校生の時見ていたものと、なんとなく違う内容のそのドラマだが、ドラマが純也の生活に色々なものを与えている。 マリと付き合うきっかけも、息子のジェフが恋人のルーシーに腕相撲で負けて、素裸で日本人の真似して土下座した場面があったからだ。 なんだよ、日本人の真似して土下座って。 だが、一回目から見ていたわけではないから、そんな回もあったのかもしれない。 そろそろ純也の記憶にあるマイクたちに会えるはずだ。 いきなり、おかしな展開だ！　 母親のサムが生け花をしていた。 「何やってるんだ、サム？」 マイクが聞く。 「日本の伝統生け花よ」 サムが答えて、はさみでチョキン、花を切り落としてしまい狼狽って、典型的なコントだ。 妹のメイが空手着を着ている。 ジェフに板を持たせて、板を蹴りで割るという。 あー、やっぱり、お約束。メイの蹴りは板まで届かず、ジェフの股間を直撃した。 詰め将棋をやっているマイク。 飲み物を取りに行っている間に、アンディが将棋盤をひっくり返す。 どうやら、マイクとその家族に日本ブームが訪れているようだ。 「ねえ、マイク」 「なんだい、サム」 「日本の夫婦って、夫が妻の尻に敷かれるんだって」 「ホントかよ」 「やってみる？」 「ホントかなぁ」 床に寝るマイク。 マイクの顔の上に座るサム。 こんなの「マイクとその家族」じゃない！ 携帯が鳴った。マリからだった。 久々に早く帰れたので天ぷらを揚げたら、大量に揚げてしまったので食べに来ないかという。 「行ってもいいの？　 その、赤井さんのマンションって女性の独り暮らしでしょう」 「何をいまさら。いいから、おいでよ」 「わかった。問題ないなら行く」 何をいまさら？　 別にマリとセックスしたわけではない。 チューもしていない。 だけど、全裸は見られている。 マリと純也はなんとも不思議な関係だ。 バスで三つ先の町にマリは住んでいた。 瀟洒な１ＤＫのマンションだった。 部屋の襖はぴったり閉めてあり、ダイニングで天ぷらを食べた。 「いくら、純也君にも部屋は見せられない」 と言ってマリは舌を出した。 カワイ過ぎる。 しかも天ぷらもうまい。 女性的過ぎる。 この女が鬼の形相で純也たちをこき使い、文句を言った純也を全裸で土下座させた女なのだろうか。 「ねえ、純也君」 「何？」 「私さ、もう三○歳なんだよね」 「僕は四○歳です」 「男の四○歳はまだまだじゃん。 女はそうはいかないんだよ」 「……」 「もらってくれない？」 「もらうって？」 「バカ」。 これって逆プロポーズじゃない？　 純也はとまどった。 だが、人生を決める機会なのかもしれないとも思った。 いや待て。 マリと結婚なんかしたら。 確実に尻に敷かれる。 「それって、赤井さんのお尻の下に一生敷かれるって意味だよね」 純也は思い切って言った。 「嫌？」。 嫌かと聞かれて、嫌とは言えないし、いいとも言えない。 「ごめん」 マリが謝った。 「話が急過ぎたよね。 私たち、まだ会ってそんなに経ってないし。 もう少しお互いを知ってからだよね」 純也はちょっと不甲斐なかった。 女にここまで言われて、優柔不断な態度の自分に。 だが、この急展開はなんなんだろう。 マリの気持ちもわからない。 全裸土下座させた男とホントに結婚するつもりか。 何かの罠か。

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