ホームドラマ

作・たぬべえ

２

土下座

純也は忙しかった。 新しいカップラーメン開発で毎日残業続き。 寮に戻ると、そのままベッドに転がり込む毎日だった。 プロジェクトのリーダー、赤井マリは営業職で、純也より一○歳も年下だった。 マリの注文は厳しかった。 「もっと斬新でかつ伝統の味を活かした、マイルドでコクがあって、爽やかで、辛くて甘くて、とにかく美味しい味が欲しい」 って、わけがわからない。 研究員やスタッフはマリのワガママな注文にふりまわされるだけだった。 その日はマリが本社の企画課に呼ばれていなかったので、スタッフは定時に退社出来た。 純也も久々に寮の食堂で夕食を食べ、八時には自室に戻った。 誕生日に買った「マイクとその家族」のＤＶＤはまだ第一話しか見ていない。 二話以降を見なければ。 そう。 第一話を見た違和感を取り除くためにも二話以降を見なければならないのだ。 懐かしいテーマ曲が流れた。 庭の芝を刈るマイク、パイを焼くサム、バスケットのシュートを決めるジェフ、微笑むメイ、走るアンディ。 憧れのアメリカの中流家庭だ。 ジェフはアメリカンフットボール部に入っていたが、駄目駄目だった。 ボールは取れない、 タックルされてはじき飛ばされ、走っても他の選手に追いつけない。 「お前にクオーターバックなんて無理だよ」 親友のトムが言った。 だが、ジェフはなんとしてもチアリーダーのナンシーの彼氏になりたかった。 「チアリーダーの彼氏になりたかったら、クオーターバックになることだ」 と父のマイクに言われ、アメリカンフットボール部に入ったのに……。 「まず基礎体力をつけることだね」。 幼馴染のルーシーが言った。 そうだ。いきなりクオーターバックになれるわけないんだ。 翌日から、ジェフは毎朝ランニングをはじめた。 そして、腕立て伏せ百回に腹筋百回。 「少しは基礎体力がついたの」 ルーシーがやって来て言う。 「ああ。バッチリさ」 「なら試してみましょうか？」 「何を？」 「私と腕相撲で勝負してみる」 「バカ言うなよ。女のお前に負けるわけないだろう」 「負けたらどうする？」 「負けたら……？」 「素裸になって、日本人みたいに土下座して謝りなさいよ」 な、なんだ？　 日本人みたいに土下座って？　 日本人は土下座の民族かよ。 あらーッ。 しかもジェフはあっさりルーシーに腕相撲で負ける。 ドラマ的にはお約束だが。 ジェフはルーシーの部屋でパンツ一丁になる。 「それも脱ぐの」 「ホントに素裸？」 「ホントに素裸よ」。 ジェフがトランクスを脱ごうとした時、ルルルルルルル。純也の携帯が鳴った。 あわててＤＶＤを停止して電話に出る。 「ちょっと何帰ってるのよ」 マリだった。 「あなたたちがのろまだから、私が本社で叱られてるのに、なんであんたたちが家に帰ってるわけ？　 すぐに来て、仕事をしなさい！」 純也は研究所に飛んで行った。 マリが独りでいて、他のスタッフはまだ来ていなかった。 「あなた以外、誰も連絡がつかないのよ。どういうこと？」 皆、毎日残業なんだ。 たまに早く帰れたから、家族や恋人と過ごしているんだよ。 だから、マリからの電話には出ないんだろう。 「すぐ仕事に掛かります」 純也がデスクに就くと、 「待ってよ。仕事の前に一言私に謝りなさいよ。 勝手に帰ってすみませんでしたって。 ここに土下座して謝りなさい！」 土下座しろ？　 一○歳年下の女性に言われて流石の純也もぶち切れそうになった。 確かに上司かもしれないが、現場のことはわからず無茶なことばかり言う。 だけど、皆、頑張って従っている。 それなのに、就業時間過ぎにわざわざ呼び出して土下座しろとはなんだ？ 純也が睨んだので、マリは一瞬たじろいだが、 「土下座しないの？」と言い返した。 この時、純也の頭にジェフとルーシーが浮かんだ。 そして、ポロリと言ってしまった。 「腕相撲」 「はぁ？」 マリが何を言うのか、という声を上げた。 「腕相撲で勝負してください。 僕が負けたら土下座でもなんでもします。 でも僕が勝ったら、明日からスタッフを定時に帰らせてください。 皆、家族や恋人との時間を犠牲にしてるんだ」 「私だって、恋人とデートなんて何日もしてないわよ。 でも、いいわ。 そこまで言うなら、勝負しましょう。 ただし、私が勝ったら普通の土下座じゃ駄目よ。 素裸になって土下座してもらうわよ」 純也はあっさりと腕相撲でマリに負けた。 椅子に座っているマリの前で、後向きになって全裸になった。 チンコを手で隠し正座し、太股でチンコをはさんで、マリの足元に土下座した。 年下の女性の前で全裸土下座させられて、流石に純也は涙がこぼれた。 今までなんのために勉強してきたんだ。 こんな女の前に土下座するために……。 「これに懲りたら二度と私に逆らわないことね。 今日はもう帰っていいわよ」 マリは勝ち誇ったように言った。 だが、翌日からマリの態度は変わった。 他のスタッフたちにも優しく接するようになり、あまり無茶は言わなくなり、残業も二時間以内となった。 そうしたことで効率も上がり、新製品は二週間後に完成した。 純也はマリに呼び止められた。 「あなたのおかげよ。 あの夜、あなたに言われたことが、ちょっと堪えたの。でも言われて反省するのも口惜しいから。 酷いことして、ごめんなさい」 素直なマリは案外、カワイかった。 「山田さん、よかったら、今夜、私と付き合わない？」。 ど、どういう展開になるんだ。純也はあせった。

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