ホームドラマ

作・たぬべえ

１

バースデイ・プレゼント

山田純也は四○歳の誕生日を会社の独身寮で一人で迎えた。 世間では超一流と言われているＸ大学工学部の大学院で食品工学を研究、地球の食糧問題を自分が解決するんだと思っていたのは遠い昔のことだ。 修士を終え、食品会社の開発部に就職した。 以来、地球の食糧問題のことは忘れ、新しいインスタント食品を開発して来た。 うまいものの研究のため食べ歩くから、体重は八○キロ越えの小デブだ。 当然、女性にモテたことなどなく、四○歳の今も会社の独身寮暮らしである。 誕生日の今日、純也は自分自身へのプレゼントを買って来た。 それは高校生の頃に見ていた海外ドラマ「マイクとその家族」のＤＶＤ全集だ。 純也はこのドラマが大好きで、受験勉強の息抜きだった。 典型的なアメリカの中流家庭。 お父さんのマイクは頼もしくて優しい。 お母さんのサムは明るくて、ちょっと強い。 長男のジェフはハイスクールに通うスポーツ万能のナイスガイ、だけど、おっちょこちょいでちょっとスケベ。 妹のメイはカワイイ。 ミニスカートがキュートな一五歳。 下にも小学校低学年くらいの弟妹がいて。芝生の庭のある家に住み、アンディという大きな犬がいる。 純也は憧れていた。 芝生のある家と、家族と、犬に。 勉強は出来たがスポーツは駄目で、学生時代から女の子と話なんかしたこともない純也にとって、ジェフは理想の男子だった。 そうだ、ジェフには幼馴染のガールフレンドのルーシーもいたんだ。 大人になったら、マイクみたいなお父さんになりたいと思っていた。 しかし、今日、純也は四○歳の誕生日をたった一人で迎えた。 仕方がない。 現実とドラマは違うんだよ。 大好きなドラマだったが、不思議なことに、大学や社会人になってからも、このドラマを見ていたという者がまわりに一人もいなかった。 東京や他県ではやっていなかったのか。 純也の育った県でも裏番組が人気番組で、高校の友達でも見ている者は少なかった。 「知らないよ。そんな番組。 お前の妄想の番組じゃないのか」 独身寮で一緒だった太田に言われ、もしかしたら、ホントにそんな番組はなかったのかと不安な気分に陥ったりもしたが、数日前、「マイクとその家族」のＤＶＤが発売されるという新聞広告を見付けたのだ。 ほら見ろ。やはり番組はやっていたのだ。 全集でちょっと高かったが、純也は思い切ってＤＶＤを買うことにした。 せめて今日くらいは、ＤＶＤを見て懐かしい憧れの世界に浸ろう。 缶ビールをあけてテレビを見る。 高校生の時はコーラを飲みながら見ていたが四○男がコーラなんか飲めない。 ここはビールでいいんだ。 懐かしいテーマ曲が流れた。庭の芝を刈るマイク、パイを焼くサム、アメリカの憧れの家庭が映し出されていった。 だがちょっと記憶と違うところがある。 見ていたのは二五年前だし、第一話から欠かさず見ていたわけでもないから、多少思い入れとズレがあるのか。いや、あきらかに違うぞ。 ジェフはスポーツマンでなく、ベッドでボテチを食べながらコミックを読んでいるような、駄目駄目の男子だった。 スポーツも勉強も駄目な、およそ純也が理想とした高校生ではなかった。 妹のメイにまで 「兄貴は駄目よね」 とバカにされている。 そのジェフがチアリーダーのナンシーに恋をした。 親友のトムに相談すると、トムは 「俺に任せろよ」 と言い、ジェフを連れて行ったのは、なんとチアリーダーの更衣室だ。 窓の外の森に隠れながら更衣室の窓をうかがうジェフとトム。 そして、更衣室ではナンシーが着替えを始めた。 白いブラジャー姿になるナンシー。 こんなシーンは純也の記憶にはない。 違う。 こんなの「マイクとその家族」じゃない。 だけど、ナンシーのブラジャーは、これはこれでいいじゃないか。 純也にとっては、チアリーダーの下着シーンは宝以外の何ものでもなかった。 ジェフも純也もナンシーの着替えに釘付けだった。 今、ナンシーがブラジャーをはずそうとした時だった。 「ちょっと何やってるのよ」 「うるさいな」 「もしもし」 「いまいいところだから……、えっ？」 もうこの手のエロ青春ドラマのお約束。 ジェフとトムの後には、チアリーダーたちが仁王立ちで見下ろしていた。 ジェフとトムの恐怖でひきつった顔がアップになる。 次の場面では、キャンパスの真ん中で、パンツ一丁のジェフとトムが木に縛られている。 笑いながら通り過ぎる高校生たち。 そして、マイクの家。 ジェフはメイとルーシーから責められる。 「あんな恥ずかしい真似よくしてくれたわね」 「兄貴、最低」 「バカ兄貴にはお仕置きが必要ね」 「おい、ちょっと、やめろよ、メイ」 メイとルーシーに服を脱がされるジェフ。 そして次の場面はキッチン。 素裸にされて四つ這いのジェフを見下ろすルーシーとメイ。 「反省しなさい！」 ピシャ。鞭の音がして、メイがジェフのお尻を乗馬鞭で叩いた。 こんなのを好きなテレビ番組と自慢気に言っていたのか。かなり恥ずかしい。 しみじみした編曲のテーマソングが流れる中、ジェフはキャンパスにいる。 その視線のむこうにはチアリーダーの練習をするナンシーがいる。 ルーシーが来る。 「いまさら、のぞき変態男と付き合ってくれるわけないじゃん」 「わーっ」と叫びながら、そのまま夕日にむかって走ってゆくジェフ……。 日本の青春ドラマかよ！ 夜、ジェフの傍にマイクが来る。 「ジェフ、どうかしたか」 「どうもしねえよ」 「どうもしなきゃいいけどな。ただ、パパの経験から一言言ってもいいかな」 「なんだよ」 「チアリーダーの彼氏になりたかったら、クオーターバックになることだ」 おおっ！　最後の最後で、純也の記憶にある「マイクとその家族」が戻って来た。 そうだよ。 マイクのこの科白だ。 「チアリーダーの彼氏になりたかったら、クオーターバックになることだ」。 これこそが純也の憧れたアメリカンホームドラマの父親だ！ ラストシーンはアメフトの防具に身を包み走って行くジェフ。 それを見守る家族とルーシーで明るい曲調に編曲されたテーマが流れた。 しかし。 純也は思った。 この微妙な記憶のズレは一体なんなんだろうか。

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