目覚め

作・たぬべえ

２

「古橋君、いるのか」 なんと、岡田課長の声だった。 な、なんで、岡田課長が来るんだ？ 会社には風邪で休むって電話したのに。 カチャ。ドアの開く音がした。 「いるのか、古橋君」 ヤバイ。 鍵を掛けていなかった。 岡田課長と目が合った。 「なんで？」 「いや、営業でこの近くに来たんだ。 これ……」 岡田はプリンとレトルトのスープの入ったコンビニの袋を持っていた。 「あー、お見舞いに来てくれたんですね。どうもありがとうございます」 「そんなことよりも」 「はい？」 「君は何？」 あーっ。 岡田課長にオッパイを見られてしまった。 オッパイというか、ボンテージを着ている姿を。 「いや、その、外にいるから。 着替えてくれ」 岡田は紳士だった。 部屋から出て外廊下で待ってくれた。 というか、とっとと帰って欲しかった。 岡田に何も言うことはなかった。 普段着に着替え、岡田を部屋に招き入れた。 「呼んでも返事がないんでさ、なんかあったのかと思って、ノブまわしたらドアが開くじゃない。 開けたら、オッパイが……。 いや、その……」 気まずい空気が漂う。 早く帰ってくれ。 美奈子は願った。 岡田はきわめて紳士で親切だった。 「別に趣味にとやかく言うつもりもないし、秘密は守るよ」 １時間後、岡田は言い、ようやく帰った。 あーもう、会社にも行きたくなくなった。 会社の仲間、同僚の晴美たちにバレたら。 いや、岡田は秘密は守ると言ってくれた。 その言葉を信じるしかあるまい。 翌日は会社に行った。 まわりはいつも通りだった。 岡田も何も言わなかった。 退社時間になり帰ろうとすると携帯が鳴った。 岡田からだった。 何？ 会社から２ブロック離れた路地裏のティールームで岡田と会った。 会社の連中の来ない店だ。 ここに呼び出されるということは、あの件で強請られるのだろうか。 そうしたらもう仕方がない。 会社を辞めて田舎に帰ろう。 美奈子は腹をくくった。 「君の趣味を受け入れると言ったらどうする」 岡田はいきなり言った。 はぁ、なんなのこの人は？ 「実は、ずっと君のことが好きだったんだ。 で、夕べ一晩悩んだすえに出した結論なんだ」 えーっ！　 まったく射程距離になかった人物からの突然の告白だった。 確かに独身だとは聞いていたが、年齢は40代半ばで。 そう考えてみると、独り暮らしの部下のところへ、上司とはいえ一人で見舞いには来ないわな。 でも待って。 趣味を受け入れるって？　 つまり、ＳＭプレイの相手が現われたということですか。 つまり岡田は今、蜘蛛の糸に絡められた虫ということですね。 「あの、課長、というか、岡田」 美奈子は岡田を呼び捨てにした。 ホントは下の名前を呼び捨てにしたかったが、美奈子は岡田の下の名前を知らなかった。 そのくらい関心のなかった男であったが、いまとなってはこいつを逃がしてなるものかと思っていた。 「私の奴隷になりたかったら、二度とそんな言葉遣いはしないことね」 「……」 「それに、同じ目線で話さないこと。いいわね」 「は、はい」 「ホントならこの場で土下座をしてもらいたいけど……」 会社の人に見られたらタイヘンだものね。 「場所を変えましょう」 タクシーに乗って、新宿へ出て、手頃なラブホテルに入った。 まず土下座から。 次に縛って。 鞭と蝋燭よ。 耐えられるかしら。 耐えられたら奴隷にしてあげる。 駄目だったら。 その時は会社辞めて、田舎に帰るだけだ。 美奈子は思った。 美奈子は岡田健彦と付き合い始めた。 健彦は美奈子の会社の上司で、年齢は43歳。 独身だが美奈子にとってはまったく射程外の男だった。 会社ではかなりやり手だが、今までに恋愛の噂はまったくなく、一部ではホモ説もあったが、健彦は否定した。 毎週火曜日を逢瀬の日にした。 残業などがある時は翌週繰越し。 「とりあえずお試し期間よ」 と美奈子は言った。 健彦はホモでもなければマゾヒストでもなかった。 ただ、ずっと美奈子のことは好きだったようで、美奈子と付き合えるのなら、マゾヒストになってもいいという覚悟で告白したらしい。 「まぁ、何回かプレイして、適当に飽きたら別れればいい」 と美奈子は思っていた。 会社は６時に終わる。 １時間くらいはどちらかが残業になることもあるので、８時に美奈子のアパートに近いターミナル駅で待ち合わせた。 ファミレスなど軽く食事のできる店に行き、９時にはラブホテルに移動し、３時間、ＳＭプレイに興じた。 食事代、ホテル代と帰りのタクシー代は健彦が払う。 全部で1万円とちょっと。 ＳＭプレイのあと終電では帰りたくないので、タクシー代はもらった。 その代わりアパートの近くでプレイすることにしたのだ。 ホントはいくらかお小遣いも欲しかったが、健彦は普通のサラリーマンだ。 独身とは言え月４万以上の負担は大きいだろう。 そういう気遣いは一応していた。 美奈子はタクシーで帰るが、健彦は終電で家まで帰る。 可哀相だとは思ったが、 「終電で帰るのが嫌なら、うちの近所に引っ越してくれば」 と、美奈子は言った。 健彦はそれには答えなかった。 火曜日の朝は美奈子は例のボンテージのドレスと、新たに買った鞭と麻縄などをバッグに入れてアパートを出る。 ターミナル駅のコインロッカーに預けて会社に行く。 会社では、健彦は厳しく、時に美奈子は叱責されることもある。 いや、付き合いだしてから、叱責の度合いがやや増えたように思う。 会社では叱責して、プレイで罵倒される、このギャップを楽しんでいるのかしら。 いや、健彦はマゾヒストではないから、もしかしたら、プレイの仕返しで会社では美奈子に辛く当たっているのかもしれない。 会社が終わると、美奈子はコインロッカーに預けたバッグを取り、あらかじめメールで約束したファミリーレストランに行き、健彦を待つ。 ８時前には健彦は来る。 １時間のお食事タイムは恋人のように振舞った。 美奈子もいろんな話をし、笑顔を見せた。 ファミリーレストランを出て、ラブホテルに行く。 まず美奈子がシャワーを浴び、次に健彦がシャワーを浴びる。 その間に美奈子はボンテージに着替える。 健彦がバスルームから出て来て土下座をしたところからプレイがはじまる。 ボンテージをプレゼントしてくれたおじさんが言ったのか、別の人から聞いたのか忘れたが、 「ＳＭに大事なのは礼」。 プレイのためのご挨拶をきちんとすること。 それがＳＭと日常の境界線になる。 「美奈子様の素敵なオッパイを見せていただき、ありがとうございます」 健彦はそう言って土下座をする。 健彦も美奈子のオッパイが好きなんだ。 ご褒美でさわらせてあげるから、頑張るんだよ。 プレイ時間は実質２時間しかない。 まずはたいてい踏みつけからはじまる。 男性を見下ろしながら、足で踏みつける。 この瞬間に美奈子はぞくぞくした。 しかもマゾヒストでない健彦は苦悶の表情を浮かべる。 それがまた楽しい。 彼の人生で女に踏みつけられることなんてなかったろう。 麻縄で縛る。 うまくは縛れない。 立膝にさせて、後手に縛る。 いままでは土下座で体で隠していた健彦のペニスがあらわになる。 「ふふふ」 この瞬間も楽しい。 健彦は半勃起している。 おそらく、美奈子のオッパイに反応しているのだ。 縛ったら鞭。 これも健彦は嫌いらしいが、50発は叩く。 バラ鞭というたいして痛くない鞭だが、鞭で叩いて屈服させることが意味がある。 次は、お馬さんごっこ。 美奈子は普通の女の子より、やや太めだから、健彦には辛いかもしれない。 狭いホテルの床をヒーヒー言いながら走る。 美奈子の好きなプレイのひとつだ。 そのあとは健彦を床に寝かせて、健彦の顔の上に座る。 顔面騎乗だ。 縮こまったペニスがまたムクムクと大きくなる。 顔に座って、健彦の乳首やペニスを弄ぶ。 実は三回目のプレイの時、ここで健彦は射精してしまった。 「これからが楽しみなのに。バーカ」 そう言って、その時しはプレイを中断して帰った。 すぐに健彦が謝ったので許した。 帰るのも駆け引き。 次から、健彦も必死でこらえている。 ここで少し休憩する。 飴は終わりで、後半は再び鞭だ。 その時の気分で、ビンタだったり、くすぐりだったり、洗濯ばさみだったり。蝋燭責めも試した。 乗馬鞭で叩いたこともあったが、10発でギブアップしたので一度で止めた。 痛みには弱いらしいから、我慢の限界には挑戦したいと美奈子は思った。 これは健彦が泣くまでやる。 泣いて 「お許しください」。 これがキーワード。 そして、最後の飴。 美奈子のオッパイに顔をうずめることを許す。 この時は健彦の至福の時だろう。 美奈子も健彦にオッパイを吸われると感じた。 セックスはしない。 こんなプレイを半年ほど続けた。

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