異人論

異人論または金髪のドミナ

第１章　理性と感性の乖離　または　美の理想型としての白人女性

第２章　幻想と現実の乖離　または　Ｓ女としての白人女性

第３章　異人幻想 または　イース女性について

第４章　夢想と現実の乖離　または　どこにもいないイース女性

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異人論
第１章　理性と感性の乖離　または　美の理想型としての白人女性
洋女礼賛　弊サイトの「お絵描き」をご覧になった皆様は、そこに登場する女主人・女性騎手に、ある共通点があることにお気づきでしょうか？　　そう、彼女らの殆どが、西洋の女性なのであります。（・・・・いつかそのうち、和服姿の日本女性や、チャイナ服の中国人女性、はたまたベールに顔を覆ったアラビア女性などが男馬に跨がった絵も描きたいとは思っているのでございますが）。　愚仙人の女主人様は、日本の女性でございます。　自分の女主人のことを自慢するのもナンですが、お美しくて気品があり、女性らしい優しさと、女主人に相応しい厳しさを合わせもたれた、へっぽこ仙人には勿体ない、素晴らしい女主人様でございます。　しかしながら、それはそれとして、このへっぽこ仙人、「金髪のドミナ」に対しましても、大いなる憧憬を抱いているのであります。　言うまでもなく、日本人マゾヒストにして「金髪のドミナ」に憧憬を寄せる者は、独り愚仙人だけではございません。　例えば、かの沼さん、沼正三氏など、さしずめその代表格と申せましょうか。　沼さんの唯一の小説『家畜人ヤプー』は、「汚物愛好と下部願望とを主要表現とする各種マゾ願望をよこいととし、これを貫くに信仰化した白人崇拝思想のたていとを以ってしたもの」（『ある夢想家の手帖から』第１６章）でございます。　また、いままさに引用に及んだ、沼さんの唯一のエッセー作品『ある夢想家の手帖から』に親しまれた方なら、彼の白人女性に対する崇拝ぶりがいかに熱烈を極めているか、とおにご存じのことでしょう。ちなみに、潮出版版同書第一巻の副題は、まさに「金髪のドミナ」でございます。　日本のＭ文学の巨匠・谷崎潤一郎にしましても、出世作『痴人の愛』で、主人公の譲治に、西洋人女性への並ならぬ憧憬を語らせております。　また、サドの研究者としても知られた遠藤周作の『月光のドミナ』などにも、美しい白人女性へのマゾヒズムが仄めかされております。　愚仙人には不思議でならないことがございます。近年、我が国ではＳＭが「市民権を得た」などと言われ、昔とは比べ物にならないほどの賑わいぶり、その結果Ｍ資料も各種多数出回るようになりました。しかも他方で、国際化が進んで日本に出稼ぎに来る白人女性の数が増え、その中にはＭフォトやMビデオのモデルを喜んで引き受ける女性も少なくない筈。であるにもかかわらず、その割りには、各種Ｍ資料に白人女性をドミナとするＭフォトやＭ小説がさっぱり見られないのは、一体どうしてなのでしょう？「それはきっと、日本が経済的に発展したため、西洋人に対して昔みたいな劣等感をもたなくなったからだよ」と言われれば、なるほどその通りかもしれません。戦い敗れて異人さんに占領・支配され、「ぎぶ　みい　チョコレート」と叫びながら占領軍のジープを追っていた時代に比べれば、日本も日本人も随分自信をとりもどしたものでございます。　けれども、実際には、後に述べますように、そのような劣等感は完全には払拭されていないようにも思われるのであります。　へっぽこ仙人の疑問はさておき、ここでは日本人マゾヒストの西洋女性崇拝について、思うところを記してみましょう。　もちろん、そのような事柄に関しましては、前述の沼さんのエッセーに優れた論評が数多掲せられているのではございますが、沼さんとはやや違った見方から、もしくは沼さんが当然のこととして敢えて書かなかったようなことを拾ってみるのも、あながち無益ではあるまいと考える次第でございます。　　さて、「金髪のドミナ」に惹かれる心理について語る前に、先ずは愚仙人の思想的立場を述べておかねばなりません。植民地化されたニッポン　不肖・馬仙人、こう見えましても、民族主義者でございます。外国の支配からの解放と独立――これぞ、民族主義者の永遠のテーマなり。　ところで、今の日本、なるほど法律の上では立派な独立国であります。　が、しか～し！政治や文化や人々の感性はどうでありましょうか？　外国の支配から解放され、独立した国だと、胸を張って言えるでありましょうか？　まあ、政治的なことはこの際置くとしても、文化や感性の上での植民地根性、言い換えれば、日本の社会に蔓延する矜持なき西欧崇拝に対しまして、民族主義者たる愚仙人、強い憤（いきどお）りを禁じ得ないのであります。　敗戦の焼け野原から刻苦勉励を重ね、世界有数の経済大国に上りつめた日本。もはや欧米への劣等感など払拭されたかのごとく言われるのでございますが、果してそうでありましょうか。　しからば、新聞・雑誌・ＴＶ・ポスター等による広告に、意味もなく西洋人が起用されているでは、一体何故でござろうか？　また、人々は、あいも変わらず西洋の流行に追随するを以ってよしとしているではござらぬか？　西洋起源の外来語が「オシャレ」なものとして持て囃され、あるいは、日本の現実を批判するに欧米の事例を以って模範とする言説（例えば、なんでもかんでもイギリスは素晴らしい、日本はイギリスを見習え、と唱える、「イギリス真理教」（？）のたぐい）が跡を絶たぬではござらぬか？　　生まれ持った黒髪を脱色し西洋人のような金髪茶髪に変える風潮に、「脱亜入欧」の願望が反映していると言い切れるかどうかは存ぜぬが、芸術家にせよ実業家にせよあるいは職業的運動選手にせよ、（アジアやアフリカではなく）アメリカやヨーロッパの人々に認められることを以って至高の名誉とする精神は、「名誉白人」として扱われることを不名誉とも思わぬ精神と、どこか通底するのではござるまいか？　かような日本の社会に横行する「西洋崇拝」を、「植民地根性」とか「植民地的な」などと表現するのは、むしろ植民地の人々に対して失礼というもの。日本人に比べれば、彼らの方が余程西洋人に対するまっとうな批判精神を堅持していることでありましょう。植民地化された感性　このように、日本人の心にはびこる「植民地根性」を苦々しく思いながら、しかし一方で、このへっぽこ仙人、悲しい哉、そういう日本の社会にて感性を育まれし結果、審美に関する感性がどうしようもなく「植民地化」されてしまっていることを認めざるを得ないのでございます。　てっとり早く申せば、愚仙人の目には、西洋女性がとても美しく見えるのぢゃな。　もっとも、西洋の女性が美しく見えるのは、愚仙人に限ったことではありますまい。　透き通るばかりの白皙の肌。　均整よくスラリと伸びた肢体。　すっきりと隆起した鼻梁。これら西洋女性の身体的特徴は、明治の文明開化以来、日本女性が憧れ、目標としてきた＜女性美の理想型＞ではございませんでしょうか？　経済大国となりし現在においても、それが一向改まっていないことは、日本人女性を対象とする化粧品や衣服や下着の広告に、白人女性のモデルが氾濫している現象が雄弁に物語っております。　また、外科的手術や化粧によって一重の瞼を二重にし、低い鼻梁を高くし、のっぺりとした顔を彫りの深い顔だちに（――つまり、一言で言えば西洋風の顔立ちに）変えようとする日本人女性は多くとも、その逆の例は少ないという事実も、我が国において西洋女性の顔だちが美の理想形であると考えられている証左と申せましょう。　西洋女性の美しさを女性美の基準、女性美の理想とする、東洋の日本人。考えてみれば全くおかしなことではあります。しかし、子供の頃から、ギリシャ彫刻の女性像・男性像を人間の肉体美の極致であるかのように教えこまれ、また、西洋の風俗をお手本として育ってきては、感性が植民地化するのも致し方ないところでございましょう。　そして、白人女性が日本人消費者（男女を問わず）の憧れの対象である以上、女性用品に限らず商品一般の広告写真やＣＭフィルムに白人女性モデルが多用されるのも、当然と言えば当然の帰結ではございます。　愚仙人の理性はそのような現象を愚かしく恥ずべきことと難じつつ、感性の方は、広告に登場する白人女性の美しさに惹かれるのを禁じえないのであります。　もっとも、ただ美人だというだけなら、日本人女性にもとびきりの美人は数限りなく存在いたします。愚仙人とて、彼女ら日本人女性の、西洋人女性とは異なる美しさを認めるにやぶさかではございません。　であるにもかかわらず、「金髪のドミナ」が愚仙人のＭ性を刺激し、Ｍ的妄想をかき立てるのは、何故であろうか。それはきっと、彼女らに備わった独特の属性によるものに相違ありますまい。　第２章では、その「西洋人女性独特の属性」とは？を考えます。
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異人論
第２章　幻想と現実の乖離　または　Ｓ女としての白人女性
容姿におけるＳ性　目も眩むばかりに優艶な、白人女性――。　ファッション雑誌や化粧品広告などに登場する白人女性モデルの写真に接するとき、不肖・馬仙人、彼女らの余りな美しさと気品に打たれ、しばし茫然と見入ってしまうのでございます。　日本女性にも美しい人は多い。　にもかかわらず、愚仙人が西洋人ファッションモデルの写真を見た時、独特の被虐妄想をかきたてられるのは、一体なぜなのでござろうか？　思うに、その理由の一つは、白人女性の顔の特徴の一つ一つが、気位の高さや意志の強さ、高貴さや気品といった、Ｓ女としての資質を連想させるからではあるまいか。　いかにも気位の高そうな、細く吊り上がった眉。　ミステリアスに透き通った、碧い眼の気品。　物憂げな二重の瞼。　ツンと澄ました高い鼻。　凛然と引き締まった、薄い唇。　さん然と輝くブロンドの頭髪・・・・。　美しいのは顔だちだけではございません。　すらりと伸びた白皙の肢体。八頭身・九頭身の豊艶な、あるいは優艶な肉軆は、女性美の優雅とコケットリーが匂い立つようではござらぬか。　かかる凄艶な白人女性に見つめられたなら、男なら誰しも、たとえマゾっ気など微塵もない日本男児であろうとも、彼女の脚許に身を投げ出したくなるのではないかと思うのでございますが、如何でありましょうか。まして謂わんや、美しく気品ある女性に隷従したいと希う、耽美派のマゾヒストにおいてをや。存在におけるＳ性　しかも西洋女性は、単に容姿ばかりでなく、その存在自体がＳ的なのでございます。なにしろ彼女らは、かつて世界の大部分を征服し、黒や黄色や褐色の肌の者たちを膝下に置いて支配した、肌の色薄き人種に属する人たちなのでございますから。　その昔、南米の某国植民地では、先住民や混血の奴隷が、本国婦人に馬代わりの乗用奴（肩車型の人間馬）として使役されていたそうでございます。被乗勤務を命じられた奴隷は、女主人の巨臀の重圧に耐えつつ、鞭や拍車に励まされて、彼女の意のままに精根尽き果てるまで乗り回されたのでございます（『ある夢想家の手帖から』第１１２章参照）。また、奴隷制度下のアメリカ南部では、黒人青年が家内奴隷として奥様に仕え、驕慢な女主人にムチ打たれながら、身の回りの奉仕に励んだ事例もあったことでしょう。それを想うと、その時代を夢想して、おなじ有色人種の男性として自らを混血奴隷や黒人奴隷に同化させ、白人のお嬢様や奥様に所有され使役されるという＜歴史妄想＞に耽ることができるのであります。西洋女性への幻想と現実　愚仙人、いかに愚かと申せ、現実の、生身の白人女性が、広告写真等で見るほどに美しくないし、高貴でもないことは、よ～く心得ておりまする。　ファッションモデルや映画女優を務めるに足るだけの容姿をもつ女性は、洋の東西を問わず、ほんの一握りでございましょう。その一握りの飛びきり美人を、写真家やメークアップ・アーチストなど、女性美を追求する専門家たちが、秘術の限りを尽くして演出した結果、広告写真のまばゆいばかりの美が仕立て上げられるのでございます。　また、見た目には冷たいまでの美貌を湛えた白人女性であるからと言って、必ずしもいつも気位高くツンと澄ましているとか、精神的にも冷厳であるとは言えますまい。事実は、むしろその逆でございます。　国際化の進んだ今の日本、へっぽこ仙人にも美貌の白人女性と親しく話す機会が何度かあったのでございますが、その経験から申せば、彼女らも日本の若い女性と変わるところはございませんでしたな。むしろ、日本女性より気さくで開放的で親しみやすい印象を受けたのでございます。　つまり、「美しく気高い白人女性」など、全くの幻想なのであって、現実の彼女らは特に美しくもなければ、気高くもないのであります。　そうと知りつつも、へっぽこ仙人、作り上げられた写真の上の彼女らを見ては、「目も眩むばかりに美しく、輝くように気高い」との幻想を抱き、あらぬ妄想に耽るのでございます。奴隷制への現実認識と妄想　「美しく気高い白人女性」が幻想であるのと同じように、現実に荘園で酷使される黒人奴隷や、西洋人に支配される植民地の人々の日常が、「征服され支配される歓び」などという脳天気でお気楽なものでないことは、言うまでもありません。　「馬仙人のたわ言」中の「お馬さんのいろいろ」に述べたことと重なりますが、重複を厭わず、改めて記しましょう。人権蹂躪の奴隷制度や、奴隷制に類似した制度は、廃止されて当然であります。また、そのような制度や、異民族・異人種による支配の結果、今も差別や偏見、不平等に苦しむ人たちが存在することは、極めて不当な、悲しむべき事実でございます。しかも、現実の奴隷制度下で、美しい女性に所有され、彼女の人間馬となったり身辺に侍って奉仕する僥倖（？）に恵まれた男性奴隷なんて、先ず殆どいないでしょうね。沼さんも、「女主人を選（え）りごのみできない奴隷となれば、でっぷり太った奥様の馬に選ばれ、酷い目にあわされるかもしれない」という風なことを書いていますが（『手帖』１１２章）、主人が女性ならまだしもラッキーというもの。大概の奴隷は、むくつけきオッサンに鞭でしばかれながら、苦汁労働に明け暮れて一生を終わるのであります。　しかし（これまた「お馬さんのいろいろ」に記したことですが）、そのような現実認識は＜人が人を所有する世界＞を舞台に繰り広げられる妄想とは別物なのでございます。　つまり、実際の白人女性に対する認識や、奴隷制度・植民地支配の現実に対する認識は、「奴隷制度下の社会で、美しく気高い白人女性に奴隷として飼われ、所有者たる彼女に心も躰も捧げて仕える」という妄想の愉悦を妨げるものではないのでございます。　人間とは矛盾する存在である......なんちゃって　はてさて、柄にもなく小難しい話をしたもので、少々頭が痛くなり申した。ここらでちょいと一休み。　ところで、誰にだって矛盾する気持ちってありますよね。「肺癌は怖い。でも、煙草は吸いたい」とか、「貧乏はイヤだ。でも、働くのはカッタルい」とか、はたまた、「妻を愛している。でも、愛人も可愛い」とか（何のこっちゃ）。　　　　　　　　　　　同じように、へっぽこ仙人にも、矛盾する二つの気持ちや考えがございます。　例を挙げれば・・・自分の美しさを鼻にかけるような思い上がり女にはムカつく。これは、まぎれもなく愚仙人の本音であります。　しかし一方で、「そんな驕慢な美女の脚許にひれ伏してみたいものぢゃ」などと妄想している。これもまた、愚仙人の偽らざる本音でございます。　同じように、不肖・馬仙人、人種的差別や偏見には心よりの憤りを感ずる者でございますが、他方では、植民地の「土民」の一人となって、支配者である白人女性に隷従し、犬や馬のように使役されてみたい、なんて夢想に耽るのであります。　ところで、「我らが上に君臨する、美しき異人種の女性」が存在することは、有色人種マゾヒストのいわば特権であって、白人のＭ男性には味わえない境地ではないかと思われます（って、沼さんも言ってます）。　　　第３章では、そのような「異人幻想」について考える所を、白人女性への隷従妄想を極限的な形で描いた小説『家畜人ヤプー』と絡めてお話したいと思うのであります。
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第３章　異人幻想または　イース女性について
イースの思想　ご存じ、沼さんの『家畜人ヤプー』 ――。プレイという、合意の上での性愛遊戯ではない、完全なる支配と隷従を描いた小説でございます。舞台は、二千年後の未来世界、白人女性の支配する宇宙帝国イース。そこでは、日本人男性は、奴隷以下の家畜人＝ヤプーとして白人女性に所有され、様々な卑しき用途に使役されているのであります。　奇妙なことに、イース人による酷使虐待に対して、ヤプーは腹を立てて反乱を企てたりはしません。それどころか、むしろイース女性に所有され使役されることを喜びとし、誇りとすら感じているのでございます。それは、彼らヤプーが、イース女性に洗脳され、イース女性を「白女神」として崇拝しているからであります。　不肖・馬仙人、妖怪という想定にもかかわらず、妖怪や妖精はもとより、「神」なるものの存在を一切信じない、ゴリゴリの無神論者でございます。そんな愚仙人が、『ヤプー』を面白いと思うのは、同書は「神」というレトリックを用いて、イース女性とヤプーとの完全な支配－隷従関係を描き出しているからでございます。　イース人はヤプーのことを、姿形は人間に似ているけれども人間とは全く別種の「似非人間」、つまり、人間よりも下等な、動物の一種だと考えております。であるからこそ、良心の呵責を覚えることなくヤプーを「知性ある家畜」として品種改良したり肉体改造し、思いのままに使役できるのでございます。　この関係をヤプーの側から見れば、彼らヤプーが人間であるとすれば、イース女性は人間を越えた存在、逆に、イース女性が人間であるとすれば、ヤプーは人間以下の下等動物ということになります。いずれにしましても、ヤプーにとってイース女性は、自分たちより高等な支配者として、畏怖と崇拝の対象になりうるという理屈でございます。　昨日まで恋人だったクララに対し、いまや崇拝的心理を抱くようになった主人公・麟一郎は、次のように思索するのでありました。　彼自身が人間であってクララが女神であるか、クララは人間にとどまって彼自身がヤプーという家畜的存在であるか、解決は二つに一つしかなかったが、前者は彼の理性が「否」と答え、後者は彼の感情が「然（しか）り」と応ずるのだった。（『家畜人ヤプー』第２２章４節）異人による支配　ところで、「自分たちより高等な支配者」は、同じ民族であってもよい筈ですね。現実にも、かつての日本には、同じ日本人でありながら人間以上の存在とされた家族があって、その家族の長たる人は神聖にして冒すべからざる至高の存在とされていたのでございます。　或いは、異民族による支配の方が、同じ民族による支配よりも徹底して冷酷になりうるからというだけなら、その支配民族はアジア系に想定してもよい筈であります。　しかし、「自分たちより高等な支配者」としてのイース女性は、やはり西洋女性に設定した方がしっくりくるように思われます。　それは、彼女らが私たちとは異なる人、つまり「異人(alien) 」であるからでございます。　彼女らの、私たちとは異なる貌（かお）の造り。それは、第２章にも述べましたように、いかにも気位高く意志が強そうな印象を与えます。のみならず、彼女らを、ミステリアスな、謎めいた存在に見せています。　西洋女性がそのような風貌を具えた「異人」である結果、彼女らが我々より優れた種類の人間であるという幻想（――というよりも妄想）を容易に抱くことができるのでございます。　このような幻想を、「劣等感」と表現するのは、やや不正確であるように、愚仙人には思われます。　劣等感とは、自分が仲間に比べて劣っているという感情であります。　人間、誰しも、自分と同じ集団に属する人たち、人種的・民族的に自分と同類の人たちを、「自分らより高等な人たち」と認めることには、抵抗があるものでございます。本来同類であるはずの者、つまり「仲間」より、自分の方が劣っていることを認めるのは、即ち劣等感であり、劣等感という感情を抱くのは、あまり愉快なことではないからであります。　果たして、劣等感がそのように本来自分と同等であるべき「仲間」に対して生じる感情であるならば、「自分とは異なる世界に属する者＝異人に対しては、劣等感を感じずにすむ」という理屈も成り立つのではございませんでしょうか。　「異人(alien) による支配」という想念が引き起こす独特の感興は、異星人、つまりエイリアン(alien) による支配をテーマとするＳＭ小説のそれと共通するものがあるように思われます。　異人としての女性　ところで、この稿では「白人」と言うべき所を「白人女性」と書いてまいりました。　もちろんイース人には、イース女性だけでなくイース男性も含まれるのでございます。しかしながら、愚仙人、痩せても枯れても日本男児の端くれ、彼らイース男性（白人男性）を、自分らより高等な人たちであるとは妄想したくありません。これも、上記と同じ理屈で説明できましょう。白人男性は、人種・民族の点では異類であっても、男性であるという点では愚仙人と同類だからでございます。　※もっとも、『ヤプー』を愛読する日本人男性マゾヒストには、男女を問わず西洋人を日本人より優越せる人々であると夢想し、そのことによってより一層のＭ的感興を味わう人たちもおられます。『ヤプー』の作者が真の読者・理解者として想定するのは、そのような方たちでございましょう。　愚仙人の場合、そこまでは至らぬ未熟者でございまして、その点では『ヤプー』の真の理解者としての資質を欠くのでございます。愚仙人には、日本男児としての矜持に対する未練を捨てて『ヤプー』の真の理解者となるまでの覚悟はないのであります。　　　　　　つまり、白人女性は、日本人男性とは人種・民族・性別を異にする完全なる「異人」であり、彼女らに対しては不快な劣等感を感じることなく、彼女らが「自分たちより高等な支配者」であるとの妄想に耽ることができるのでございます。　さて、かような「妄想」を抱く愚仙人でありますが、現実の世界では西洋女性をドミナとして仰いでいるわけではございません。　なぜなら、イース女性とは、夢想世界におけるドミナではあっても、現実世界における理想のドミナとは異なるからでございます。第４章では、夢想と現実の隔たりについて、思うところを記します。
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第４章　夢想と現実の乖離または　どこにもいないイース女性
さて、これまで愚仙人が西洋女性に対して抱くＭ的妄想について、いろいろと述べて参りました。　読者諸賢には、そのような妄想を実現すべく、西洋女性をドミナとして仰げばよいではないか、とお考えの向きもおありのことでしょう。当然の疑問でございます。　あらゆる分野で「国際化」の進んだ日本。ドミナとなるべき白人女性を国内に求めることも不可能ではございません。あるいは、欧米まで赴いて探すことも、一ドルが３６０円もした往時に比べれば、格段に容易でございます。しかも、普及めざましきインターネットは、海外のドミナを探す際の有力な道具となるでありましょう。西洋人ドミナを求むるにはまさに恰好の環境が整っているのでございます。　であるにも関わらず、愚仙人が西洋人ドミナ探しの旅に出ないのは何故か？　それは、愚仙人には素晴らしい女主人様が既にいらっしゃるので、他のドミナを探す必要がないからであります―――と言ってしまえばそれまで。しかし、もう少しこの問題を考えてみることにいたしましょう。　『ヤプー』に描かれた、目も眩むばかりに美しいイース女性。彼女らは、白人種の優越を固く信じております。彼らのみが人間であって、日本人の末裔たるヤプーなど、奴隷以下の家畜、知性ある道具にすぎぬとすら考えているのであります。　愚仙人ら『ヤプー』の愛読者は、かかる思想と、目映ゆいばかりの容姿を持つイース女性に、家畜として所有され、鞭で仕込まれて使役されたいなどと、妄想の翼を広げるのでございます。　しかし、それはあくまで夢想世界でのこと。　現実にはどうでありましょうか。　『ヤプー』に描写されたような、輝くばかりに美しい女性など、西洋女性の中にも稀であるという現実が、まずございます。　例えば、欧米の女性上位(FemDom)系の雑誌やサイトには、職業的女主人（プロのドミナ）の皆様方の写真が多数掲載されておりますが、その中に、『ヤプー』に登場するクララやポーリーンを彷彿させるような美貌の白人女性を拝見することなど、滅多にないのでございます。　そして、「職業的女主人とは特に容姿に恵まれぬ女性が就く職である」というわけでない以上、ノンプロのＳ女性においても（西洋女性一般についてと同様）「目も眩むほど」の美貌の持ち主に出会う確率は高くないと予想されます。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　では、もしも現実に、イース女性のごとき美貌と、白人種優越の思想を持ち、しかもそのような思想を表明してはばからぬ西洋女性がいたと仮定しましょう。果して彼女を、女主人として心から尊敬できるでありましょうか？　さて、ここから先は、「論」と申すよりは、「嗜好」の問題でございます。　『ヤプー』ファンの日本人Ｍ男性の中には、「そのような人種主義思想を持ち、有色人種を明らさまに蔑視し差別する白人女性をこそ、女主人として尊敬する」という方も、もちろん大勢いらっしゃることでございましょう。　愚仙人、その方たちの嗜好に対して異議を唱える積もりは毛頭ございません。嗜好は、議論の及ばぬ所。例えば、ウィスキー党が焼酎ファンの味覚について文句をつけるなどナンセンスであるのと、同様でございます。　ただ、愚仙人の嗜好を言わせて頂くなら、愚仙人の場合は、そのような女性を尊敬する心情にはなれないのであります。　一人の白人女性が、心中に、他人種への差別的感情を抱いてしまうことは、まあやむを得ないとしましょう。さらには、彼女が、「有色人種は劣等なり」と、心密かに考えることも、良しとしましょう。思想信条の自由は、内容を問わず保証されねばなりません。　しかしながら、そのような感情や思想信条を心に抱くことと、それを面と向かって表現・表明することとは、別物なのであります。　しかも、そのような偏見や差別意識を、同類の白人の間で口にするのみならず、非白人系の人たちに対してまで公言し、彼らが非白人であるが故に見下げた態度で接する白人女性がいたとしたら、愚仙人の場合、そのことだけで、彼女に対する尊敬の念を失うのであります。　有色人種への差別的感情を抱いている白人女性が、普段の生活ではその感情を包み隠し、ただ唯一、プレイのパートナーである特定の有色人Ｍ男性に対してだけは明らさまにする、という場合も、もちろんあることでしょう。余人には知れぬ二人だけの世界で、世間に知れたら非難されるような感情や思想を、言語的あるいは肉体的に表現しあい、同じ思想を持つ者同士の絆を深めるのは、それはそれで美しいことかもしれません。　けれども、愚仙人には、例え二人きりの場面であっても、白人女性に対して、彼女らの人種的優越を認めること、即ち、「日本人は劣等人種なり」と認めることは、できないのでございます。夢想の世界においてこそ、「異人幻想」を玩び、そこから派生する独特の被虐妄想に耽ることがあるとは言え、現実の人間関係の世界では、自分の信条に反する人種主義思想を是認するわけにはいかないからであり、また、日本人としての矜持を捨てられないからでもあります。　金髪のドミナたるイース女性は、夢想の世界でのみ輝くのであった　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい
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