幸福の形

作・たぬべえ

グーパンチで殴られた。 磯貝誠一郎は恋人の塩見渚の鉄拳制裁を受けた。 「何するんだよーっ」 「あんたが馬鹿なことを言うからよ」 馬鹿なことなんだろうか。 男なら素直な気持ちなんじゃないか。 誠一郎は渚と付き合って２年になる。 何度かセックスもしている。 だから、ちょっと言ってみたんだ。 「フェラチオしてくれないか」 「はぁ？　何をやれって？」 「フェラチオ。おちんちん、舐めてくれ」 そこで渚の鉄拳が飛んだ。 「おちんちん舐めろ？　はぁ？　はぁ？　何を考えているんだ」 「舐めるの好きな女の子もいるって」 「エッチな男性誌の読み過ぎ」 「そ、そんなことないって」 「そういう女の子もいるかもしれないけれど、私は嫌だ！」 誠一郎がたまに行く居酒屋。 ここの常連で和田さんという人がいた。 年齢は50歳くらい。 ずっと、週二くらいで一人で飲みに来ていた。 もの識りらしい。 和田さんに相談して、いろんなことが解決した人が多くいるという。 いつも一人で来ていた和田さんが最近たまに女連れで来る。 20代前半のちょっと派手な女だ。 いい年齢の和田さんがその女とは割り勘で飲んでいる。 時には女が支払いをすることがある。 「和田さん、彼女に払ってもらうの？」 口の悪い常連が声を掛けた。 「おいおい、彼女だなんて言ったら失礼だよ。友達だよ」 「友達ったって、和田さん、お金に困っているわけじゃないだろう。 ここの勘定くらい奢ってやれよ」 「僕はただの会社員。お金に困ってはいないけれど、余裕はない。 だから、時々払ってもらっているの」 「いい年齢して？」 「僕はプライドなんてないから、いいの」 何かを達観している人だと思った。 皆が和田さんのアドバイスで、人生が変わったと言っている。 「和田さん、相談したいことがあります」 思い切って、相談してみた。 「そんなの知らないよ」 和田さんは呆れた。 居酒屋の奥座敷、他の人に話は聞かれていない。 確かに。 相談しなきゃよかった。 誠一郎は後悔したが。 でも、恥を忍んで聞いちゃったんだ。 なんとかアドバイスが聞きたかった。 「どうしたらいいでしょう」誠一郎は聞いた。 「そら、彼女がやりたくないって言うんだ。やらなくていいでしょう」 「和田さんはフェラチオされたことはないんですか」 「そんな」 流石の和田さんもかなり声をひそめた。 「そらさ、私だって、若い頃は風俗くらい行ったことがありますよ」 「僕は風俗に行ったことがないんです。 だから、フェラチオされたことがないんです。 男だったら、どんなだか知りたいです。 どんな風に気持ちいいのか。 和田さん、どうだったんですか」 馬鹿かこいつは、と和田さんは思ったが。 もう相談されちまったんだ。しょうがないよ。 「もう昔のことだから、あまり覚えてはいないが。 確かに気持ちよかったと思う。 だけど、あとでさ、金で女の子に嫌なことを強制させた、いやーな気分になったよ」 「女性はホントに嫌なもんなんですか」 「そんなの知らないよ。女じゃないんだから」 「ですよね」 「でも俺が誰かにチンポを舐めろと言われたら、嫌だよ」 「それはホモじゃないからでしょう。ホモなら舐めると思います」 「知らないよ。ホモじゃないし」 ますます呆れて来た。 帰っちゃおうか。 しょうがないか。 「やっぱりさ、やってみて、どうか決めたら」 「僕もホモじゃないです」 「男のチンポ舐めたくないなら、ＳＭクラブにでも行って、女王様にペニスバンドでも舐めさせてもらえば」 「ペニスバンド？　なんですか、それ？」 「ネットで検索しなさいよ。 とにかく、舐めてみて、自分が嫌じゃなければ、もう一度彼女に頼んでみなさいよ」 「ペニバンフェラしたいってＭ男はお前か」 ＳＭクラブの女王様が、跪いている誠一郎に言った。 「僕はＭ男ではないんですが、是非一度フェラチオを体験したいと思いまして」 「なんだかわかんないけれど、いいよ。お舐め」 女王様が巨大なペニスバンドを誠一郎の顔におしつけた。 和田さんと居酒屋に一緒に来る明石玲子のところに、高校時代の友人、塩見渚からメールがあった。 相談したいことがある。 バーで会った。 「おいおい、それを友達に相談するか」 玲子は言った。 「あんたなら、いろいろ男と遊んでいるでしょう。 だから、男の心理もわかるかと思って。 あんたはするの？　その……」 「フェラチオ？　あんまりしないけれど、する時はするかな」 「するんだ」 「ねえ、私の友達、というか年齢はうんと上なんだけれど、その人に相談にのってもらったら」 「男の人？」 「男ったって爺さんだから」 「どうせ男といっても爺さんだから恥ずかしいことはないとか言ったんだろう」 和田さんは呆れて言った。 というか、ついこの間、誠一郎から相談を受けたばかりだ。 今度はその彼女か。 世間は狭い。 やれやれ、なんて言ったらいいんだろうなぁ。 「玲子さんは、どうなの？」 「それを私に聞く？」 「だって、俺はまだしてもらってないし」 「えっ、あなたたち付き合っているわけ？」 渚は驚いた。 「違う違う。和田さんとは、いつもこういう冗談言いあっているの。 和田さんはね、いま、塾講師のバイトしている女子大生がお目当てなのよね。 私なんか婆だって」 「おいおい、婆なんて一度も言っていない。 いつも女神様と崇めている」 「じゃ、今度、私の前に跪いて」 「跪くのはやぶさかではないが、跪くと一人で立てないかもしれない」 「和田さん、ダイエットしなさいよ」 「ちょっとちょっと、あなたたちの夫婦漫才聞きに来たんじゃないのよ」 渚が言った。 「ごめんごめん」 玲子が言った。 「ねえ、和田さんはフェラして欲しい？」 「正直に言おうか」 「言って」 「玲子さんなら、して欲しい」 「一発殴っていい？」 「そういうことだ」 「どういうこと？」 「俺は駄目でもさ、やってもいい男はいるんだろう、玲子さんは。 彼は好奇心で言っただけだ。デリカシーないと思う。 でも、君を愛しているんじゃないの」 「……」 「しゃぶって欲しいだけなら風俗に行けばいい。 でも、彼は行かない。 君にしゃぶって欲しいんだよ」 「でも……」 「とりあえず、手でしてあげたら」 「手？」 「それだけでもずいぶん、違うんじゃないの」 「流石、和田さんだわ」 渚が帰ったあと、玲子はグレープフルーツサワーの大を飲み出した。 「なんで、そんなにいつも的確なことが言えるのかな」 「的確じゃないこともあるよ」 「あっ、グレープフルーツサワーお替り」 「おいおい、そんなに飲んで大丈夫か」 「大丈夫よ。私、お酒強いから」 グレープフルーツサワーが来た。 でかいグレープフルーツがついている。 「和田さん、絞って」 玲子が甘えた声で言った。 和田は黙って、グレープフルーツを絞った。 「ねえ、さっきの本気？」 玲子がうるんだ目で和田を見た。 「何？」 「私にフェラして欲しい？」 「おいおい、俺を困らせておもしろい？」 「おもしろい。私、ドＳなの知っているよね。 和田さんがプチＭなの知っている」 「おいおい、俺はプチＭ？」 「だって、ホントは実力あるのに出世しないのって、他人から下に見られたいからでしょう」 玲子はかなり酔っていた。 家は近くだとは知っていた。 「明日、会社なんじゃないの？」 「うーん、会社行きたくないよーっ」 玲子が言った。 「なんで？」 「つまんないから」 「確かに。俺もつまんないよ。 でも、行かないと、こうして酒が飲めない」 「和田さん、結婚して」 「はぁ？」 「で、私を養って」 「駄目」 「なんで？」 「私は会社員カッコヒラだから。養えるほどの収入がない」 「じゃ、出世して。和田さんなら出来るはず」 「俺、忖度が出来ないからさ」 「もう」 「送ってゆくよ」 その頃、渚は誠一郎のマンションに行った。 「どうしたの？」 「うん、ちょっと。この間は言い過ぎた、というか、ぶったりして、ごめん」 「いや、俺のほうこそ。 フェラチオしてなんてデリカシーのないこと言って、ホントにごめんなさい」 「あがっていい？」 「ああ」 改めて、リビングのソファーに渚を座らせて、誠一郎は床に正座した。 「悪かった。 やっぱ、チンチンなんて舐めたくないよね。 ごめんなさい」 誠一郎は床に両手をついて謝った。 「わかってくれたらいい」渚が言った。 「うん。ホントにごめん」 「服脱いで」 「なんで」 「いいから」 誠一郎はパンツ一丁になった。 裸で床に正座して、なんかＳＭクラブみたいだと誠一郎は思った。 ＳＭクラブに行ったなんて、渚には絶対内緒だな。 ベニスバンドのフェラチオは確かに屈辱的で嫌だった。 口に入れたところで、女王様が腰をふったのも、喉を太いペニスバンドで付かれてゲロが出そうになった。 誠一郎は泣いて女王様に謝った。 でも、そのあと、女王様は優しくしてくれた。 「ご褒美に足の裏を舐めさせてあげる」 足の裏を舐めるのがご褒美なんだろうか。 よくわからなかったが、ほのかな屈辱と、女性の足の魅力が混ざり合う、なんとも倒錯的な気分になり、いつの間にかチンポは激しく勃起していたんだ。 「手でなら」 渚が言った。 「手でならしてあげてもいい」 「手？」 「そこに寝て」 誠一郎は床に寝た。 「何、もう勃ってるの？」 パンツの上から、渚が優しく、誠一郎のペニスを触った。 「いいの？」 「誠一郎は風俗行ったりしないから。ちょっとだけだよ」 あー、風俗には行かないが、ＳＭクラブには行ったんだ。 でも和田さんが行けって言ったんだよね。 その間に、渚は誠一郎のペニスを引っ張り出して、ゆっくりとしごいた。 うへーっ。 自分でするのと違って、かなり気持ちいいんですが。 「どんどん大きくなるよ」 渚は少しづつ早く、誠一郎のペニスをしごいた。 「あっあっ、で、出ちゃうよ」 「我慢して」 「あー、駄目、出る出る、お許しください、女王様」 誠一郎は思わず「女王様」と言って、白い液を吹き上げた。 翌日、玲子の携帯に渚からメールがあった。 昨日の今日かよ。 「彼、もしかしたら、ドＭかもしれない」 渚が言った。 「何それ？」 「昨日手でしたら逝く時に、女王様って叫んで逝った」 「で、どうしたわけ？」 「聞こえなかったふりして、帰った。ねえ、どうしよう」 「どうしようって」 「彼、ホントにドＭかも」 「和田さんに相談してみる？　 多分、言うことわかるけれど」 「なんて言うと思う？」 「彼をホントに好きなら、ドＳになりなさいって」 「そんな。どうすればいいのよ」 「知らないよ」 「嘘、知っているでしょう」 「じゃ、友達に思いっきりドＳの女の子いるから、紹介するよ」 勝部桜子はＳ女子大時代の玲子の友人……、友人なのかはよくわからない。 桜子はサディストでＳＭクラブで女王様のバイトをしていた。 今は広告代理店に勤めている。 古谷という彼氏がいて、彼氏が出来てからはＳＭクラブも辞めた。 古谷はマゾではない。 「古谷君は男の中の男だから。私の鞭にも我慢してくれている。 そんな古谷君が好き」 というわけのわからないことを言っている女だ。 桜子と三人で、バーで会った。 「アドバイスしてあげて」 玲子が言うと、 「うーん、やりたくなければ、やらないほうが私はいいと思う」 と桜子が言った。 「結構、相手にあわせてＳＭやるのって、しんどいから」 桜子は自分の経験を話した。 ＳＭクラブでは、マゾでも客だから。マゾの求めるプレイをしなきゃならない。 「で、疲れている時に、今の彼に会った。 彼は逆に私を受け入れてくれたのよ。マゾでもないのにね」 「よくわからないんですけれど」 「だって、あんたの彼ってフェラチオも好きなんでしょう」 「好きかどうかは、わかんないけれど」 「自分は何もしないで、ただ快楽だけを求める快楽マゾ、ＳＭクラブにはよく来るよ」 「まさか、彼、ＳＭクラブの常連？」 「それはわかんない。妄想だけかもしれないけれど。 だけど、快楽マゾの求めるままにいたら、サービス女王様にさせられちゃうから。 むしろ、そんな男とは別れたほうがいいよ」 「そんな」 「玲子、あんたが見極めてあげたら」 「私？」 「私は彼がいるから、他の男とはプレイはしません」 「どうすりゃいいのよ」 「あんただって、ＳＭくらい、やったことあるでしょう」 桜子と別れ、もうこうなれば毒食らわばなんたら、玲子と渚は誠一郎のマンションに行った。 「友達の玲子」渚が言った。 「どうも」 二人はリビングに通された。 「昨日、逝く時、なんて言ったか、覚えている？」 「えっ？」 あのあと黙って渚は帰った。 もしかしたら、聞かれてなかったのかと誠一郎は思ったが、やっぱり聞かれていたのか。 素直にＳＭクラブに行ったことを告げて謝ろうか、和田さんに言われて行ったと言って土下座すれば、渚は許してくれるか。 いや、許してはくれまい。 それに今は初対面の女性もいる。 玲子の前で土下座なんか出来ないし。 渚はそのあとの言葉が出て来なかった。 しょうがねえなぁ、と玲子は思った。 「でね、渚はあなたがドＭなんじゃないかって心配してるのよ」 「ドＭ？　なんで」 「女王様なんて叫んで、ドＭなんじゃないの？」 「違う、違う」 「まぁ、いいわ。 とりあえず、パンツ一丁になって。 渚、私たちもとりあえず下着になりましょう」 こうなりゃ、関わり合いだ。 玲子と渚は下着になり、誠一郎はパンツ一丁になった。 「まずはビンタ10発！」 玲子が言った。 「なんで僕がビンタされなきゃいけないんだ」 誠一郎は言ったが、パンツの上からチンコが半勃起しているのがわかった。 やっぱりドＭか。 いや、玲子も渚も下着になっている。 目の前に下着の女が二人いたら、勃起もするだろう。 ビンタでチンコがどうなるか。 「私、ビンタしたことない」 渚が言った。 おいおいおい。 誠一郎をグーパンチで殴ったって言ってなかった？　 あー、そういうことか。 人を殴ったことがないから。怒りに任せてグーパンチが出ちゃったわけね。 玲子だって人を殴ったことなんてないよ。 でも、ドＭ男と付き合って、ビンタをお願いされた。 やってるうちに結構楽しくはなった。 女に一発か二発ビンタされたって、普通の男は平気なんだけれど。 三発、四発で顔がゆがみ、たいてい五発目で涙目になる。 そういう徐々に男が屈服して行くのがだんだん楽しくなるんだ。 だから、ドＭじゃない男の子にビンタして、何人かはドＭに目覚めさせてあげた。 わかったわかった。教えてあげる。 あげるけれど。 これって、誠一郎がドＭじゃなくてもさ、誠一郎をドＭに、渚をドＳに目覚めさせちゃうんじゃない？ まぁ、いいか。 とりあえず玲子が誠一郎に往復ビンタを食らわせた。 さぁ、ここからが醍醐味だから。 「渚、やりなさい。とりあえず三発」 「うん。やってみる」 「よせよ、渚、そんなの嫌だ」 誠一郎が言った。 「黙りなさい。喋っていると、舌噛んで死ぬよ」 玲子が言ったら、誠一郎は黙ったよ。 渚がビンタする。 およそ、ビンタとは言えない。 へなちょこビンタが三発。 「それじゃ、駄目。こうするの」 また、玲子が往復。 顔が歪む。 さぁ、あとはあんたが泣かせてよ。 「渚、やりなさい」 バシッ！ おう、決まった。 誠一郎は泣いた。 そして、あと二発を待たず、その場に膝をついた。 「もう勘弁してください」 そのまま誠一郎は両手をついて頭を下げた。 「渚、頭を踏んで」 玲子が言った。 「ドＭ男が土下座をしたら、頭を踏むのがＳ女性よ」 「で、誠一郎君をＭに目覚めさせちゃったの？」 和田さんが呆れて言った。 「まぁ、そういうことになりますかね」玲子が言った。 「おいおいおい」 「でもそれで二人が幸福なら、いいんじゃないのかなぁ」 「ホントに幸福なの？」 「渚は結構尽くすタイプだから」 「尽くすＳね。わしにはもう、よくわかんない」 「和田さんだから、特別に見せてあげるね」 玲子がスマホを見せた。 ピンヒールに革のパンティ、上半身はオッパイ丸出しで鞭を手にした渚の写真だ。 足元には全裸の誠一郎が土下座している。 「鞭で叩くけれど、たっぷり楽しませても上げるって」 「おいおいおい。 まぁ、目の保養はさせていただきました」 「和田さんが奴隷になりたいって言ったら、私もご主人様として尽くしてあげるわよ」 「おいおいおい」 「渚の写真見せてあげたんだから。 今日は和田さんの奢りね」 「はいはい、かしこまりました」 「あら、素直」 「まぁ、今の写真はここの勘定には値する」 渚は美乳だった。 この乳に顔をうずめられるなら、鞭で叩かれても土下座させられても、そら、誠一郎は幸福なんだろうなぁ、と和田は思った。 グーパンチで殴られた。 磯貝誠一郎は恋人の塩見渚の鉄拳制裁を受けた。 「何するんだよーっ」 「あんたが馬鹿なことを言うからよ」 馬鹿なことなんだろうか。 男なら素直な気持ちなんじゃないか。 誠一郎は渚と付き合って２年になる。 何度かセックスもしている。 だから、ちょっと言ってみたんだ。 「フェラチオしてくれないか」 「はぁ？　何をやれって？」 「フェラチオ。おちんちん、舐めてくれ」 そこで渚の鉄拳が飛んだ。 「おちんちん舐めろ？　はぁ？　はぁ？　何を考えているんだ」 「舐めるの好きな女の子もいるって」 「エッチな男性誌の読み過ぎ」 「そ、そんなことないって」 「そういう女の子もいるかもしれないけれど、私は嫌だ！」 誠一郎がたまに行く居酒屋。 ここの常連で和田さんという人がいた。 年齢は50歳くらい。 ずっと、週二くらいで一人で飲みに来ていた。 もの識りらしい。 和田さんに相談して、いろんなことが解決した人が多くいるという。 いつも一人で来ていた和田さんが最近たまに女連れで来る。 20代前半のちょっと派手な女だ。 いい年齢の和田さんがその女とは割り勘で飲んでいる。 時には女が支払いをすることがある。 「和田さん、彼女に払ってもらうの？」 口の悪い常連が声を掛けた。 「おいおい、彼女だなんて言ったら失礼だよ。友達だよ」 「友達ったって、和田さん、お金に困っているわけじゃないだろう。 ここの勘定くらい奢ってやれよ」 「僕はただの会社員。お金に困ってはいないけれど、余裕はない。 だから、時々払ってもらっているの」 「いい年齢して？」 「僕はプライドなんてないから、いいの」 何かを達観している人だと思った。 皆が和田さんのアドバイスで、人生が変わったと言っている。 「和田さん、相談したいことがあります」 思い切って、相談してみた。 「そんなの知らないよ」 和田さんは呆れた。 居酒屋の奥座敷、他の人に話は聞かれていない。 確かに。 相談しなきゃよかった。 誠一郎は後悔したが。 でも、恥を忍んで聞いちゃったんだ。 なんとかアドバイスが聞きたかった。 「どうしたらいいでしょう」誠一郎は聞いた。 「そら、彼女がやりたくないって言うんだ。やらなくていいでしょう」 「和田さんはフェラチオされたことはないんですか」 「そんな」 流石の和田さんもかなり声をひそめた。 「そらさ、私だって、若い頃は風俗くらい行ったことがありますよ」 「僕は風俗に行ったことがないんです。 だから、フェラチオされたことがないんです。 男だったら、どんなだか知りたいです。 どんな風に気持ちいいのか。 和田さん、どうだったんですか」 馬鹿かこいつは、と和田さんは思ったが。 もう相談されちまったんだ。しょうがないよ。 「もう昔のことだから、あまり覚えてはいないが。 確かに気持ちよかったと思う。 だけど、あとでさ、金で女の子に嫌なことを強制させた、いやーな気分になったよ」 「女性はホントに嫌なもんなんですか」 「そんなの知らないよ。女じゃないんだから」 「ですよね」 「でも俺が誰かにチンポを舐めろと言われたら、嫌だよ」 「それはホモじゃないからでしょう。ホモなら舐めると思います」 「知らないよ。ホモじゃないし」 ますます呆れて来た。 帰っちゃおうか。 しょうがないか。 「やっぱりさ、やってみて、どうか決めたら」 「僕もホモじゃないです」 「男のチンポ舐めたくないなら、ＳＭクラブにでも行って、女王様にペニスバンドでも舐めさせてもらえば」 「ペニスバンド？　なんですか、それ？」 「ネットで検索しなさいよ。 とにかく、舐めてみて、自分が嫌じゃなければ、もう一度彼女に頼んでみなさいよ」 「ペニバンフェラしたいってＭ男はお前か」 ＳＭクラブの女王様が、跪いている誠一郎に言った。 「僕はＭ男ではないんですが、是非一度フェラチオを体験したいと思いまして」 「なんだかわかんないけれど、いいよ。お舐め」 女王様が巨大なペニスバンドを誠一郎の顔におしつけた。 和田さんと居酒屋に一緒に来る明石玲子のところに、高校時代の友人、塩見渚からメールがあった。 相談したいことがある。 バーで会った。 「おいおい、それを友達に相談するか」 玲子は言った。 「あんたなら、いろいろ男と遊んでいるでしょう。 だから、男の心理もわかるかと思って。 あんたはするの？　その……」 「フェラチオ？　あんまりしないけれど、する時はするかな」 「するんだ」 「ねえ、私の友達、というか年齢はうんと上なんだけれど、その人に相談にのってもらったら」 「男の人？」 「男ったって爺さんだから」 「どうせ男といっても爺さんだから恥ずかしいことはないとか言ったんだろう」 和田さんは呆れて言った。 というか、ついこの間、誠一郎から相談を受けたばかりだ。 今度はその彼女か。 世間は狭い。 やれやれ、なんて言ったらいいんだろうなぁ。 「玲子さんは、どうなの？」 「それを私に聞く？」 「だって、俺はまだしてもらってないし」 「えっ、あなたたち付き合っているわけ？」 渚は驚いた。 「違う違う。和田さんとは、いつもこういう冗談言いあっているの。 和田さんはね、いま、塾講師のバイトしている女子大生がお目当てなのよね。 私なんか婆だって」 「おいおい、婆なんて一度も言っていない。 いつも女神様と崇めている」 「じゃ、今度、私の前に跪いて」 「跪くのはやぶさかではないが、跪くと一人で立てないかもしれない」 「和田さん、ダイエットしなさいよ」 「ちょっとちょっと、あなたたちの夫婦漫才聞きに来たんじゃないのよ」 渚が言った。 「ごめんごめん」 玲子が言った。 「ねえ、和田さんはフェラして欲しい？」 「正直に言おうか」 「言って」 「玲子さんなら、して欲しい」 「一発殴っていい？」 「そういうことだ」 「どういうこと？」 「俺は駄目でもさ、やってもいい男はいるんだろう、玲子さんは。 彼は好奇心で言っただけだ。デリカシーないと思う。 でも、君を愛しているんじゃないの」 「……」 「しゃぶって欲しいだけなら風俗に行けばいい。 でも、彼は行かない。 君にしゃぶって欲しいんだよ」 「でも……」 「とりあえず、手でしてあげたら」 「手？」 「それだけでもずいぶん、違うんじゃないの」 「流石、和田さんだわ」 渚が帰ったあと、玲子はグレープフルーツサワーの大を飲み出した。 「なんで、そんなにいつも的確なことが言えるのかな」 「的確じゃないこともあるよ」 「あっ、グレープフルーツサワーお替り」 「おいおい、そんなに飲んで大丈夫か」 「大丈夫よ。私、お酒強いから」 グレープフルーツサワーが来た。 でかいグレープフルーツがついている。 「和田さん、絞って」 玲子が甘えた声で言った。 和田は黙って、グレープフルーツを絞った。 「ねえ、さっきの本気？」 玲子がうるんだ目で和田を見た。 「何？」 「私にフェラして欲しい？」 「おいおい、俺を困らせておもしろい？」 「おもしろい。私、ドＳなの知っているよね。 和田さんがプチＭなの知っている」 「おいおい、俺はプチＭ？」 「だって、ホントは実力あるのに出世しないのって、他人から下に見られたいからでしょう」 玲子はかなり酔っていた。 家は近くだとは知っていた。 「明日、会社なんじゃないの？」 「うーん、会社行きたくないよーっ」 玲子が言った。 「なんで？」 「つまんないから」 「確かに。俺もつまんないよ。 でも、行かないと、こうして酒が飲めない」 「和田さん、結婚して」 「はぁ？」 「で、私を養って」 「駄目」 「なんで？」 「私は会社員カッコヒラだから。養えるほどの収入がない」 「じゃ、出世して。和田さんなら出来るはず」 「俺、忖度が出来ないからさ」 「もう」 「送ってゆくよ」 その頃、渚は誠一郎のマンションに行った。 「どうしたの？」 「うん、ちょっと。この間は言い過ぎた、というか、ぶったりして、ごめん」 「いや、俺のほうこそ。 フェラチオしてなんてデリカシーのないこと言って、ホントにごめんなさい」 「あがっていい？」 「ああ」 改めて、リビングのソファーに渚を座らせて、誠一郎は床に正座した。 「悪かった。 やっぱ、チンチンなんて舐めたくないよね。 ごめんなさい」 誠一郎は床に両手をついて謝った。 「わかってくれたらいい」渚が言った。 「うん。ホントにごめん」 「服脱いで」 「なんで」 「いいから」 誠一郎はパンツ一丁になった。 裸で床に正座して、なんかＳＭクラブみたいだと誠一郎は思った。 ＳＭクラブに行ったなんて、渚には絶対内緒だな。 ベニスバンドのフェラチオは確かに屈辱的で嫌だった。 口に入れたところで、女王様が腰をふったのも、喉を太いペニスバンドで付かれてゲロが出そうになった。 誠一郎は泣いて女王様に謝った。 でも、そのあと、女王様は優しくしてくれた。 「ご褒美に足の裏を舐めさせてあげる」 足の裏を舐めるのがご褒美なんだろうか。 よくわからなかったが、ほのかな屈辱と、女性の足の魅力が混ざり合う、なんとも倒錯的な気分になり、いつの間にかチンポは激しく勃起していたんだ。 「手でなら」 渚が言った。 「手でならしてあげてもいい」 「手？」 「そこに寝て」 誠一郎は床に寝た。 「何、もう勃ってるの？」 パンツの上から、渚が優しく、誠一郎のペニスを触った。 「いいの？」 「誠一郎は風俗行ったりしないから。ちょっとだけだよ」 あー、風俗には行かないが、ＳＭクラブには行ったんだ。 でも和田さんが行けって言ったんだよね。 その間に、渚は誠一郎のペニスを引っ張り出して、ゆっくりとしごいた。 うへーっ。 自分でするのと違って、かなり気持ちいいんですが。 「どんどん大きくなるよ」 渚は少しづつ早く、誠一郎のペニスをしごいた。 「あっあっ、で、出ちゃうよ」 「我慢して」 「あー、駄目、出る出る、お許しください、女王様」 誠一郎は思わず「女王様」と言って、白い液を吹き上げた。 翌日、玲子の携帯に渚からメールがあった。 昨日の今日かよ。 「彼、もしかしたら、ドＭかもしれない」 渚が言った。 「何それ？」 「昨日手でしたら逝く時に、女王様って叫んで逝った」 「で、どうしたわけ？」 「聞こえなかったふりして、帰った。ねえ、どうしよう」 「どうしようって」 「彼、ホントにドＭかも」 「和田さんに相談してみる？　 多分、言うことわかるけれど」 「なんて言うと思う？」 「彼をホントに好きなら、ドＳになりなさいって」 「そんな。どうすればいいのよ」 「知らないよ」 「嘘、知っているでしょう」 「じゃ、友達に思いっきりドＳの女の子いるから、紹介するよ」 勝部桜子はＳ女子大時代の玲子の友人……、友人なのかはよくわからない。 桜子はサディストでＳＭクラブで女王様のバイトをしていた。 今は広告代理店に勤めている。 古谷という彼氏がいて、彼氏が出来てからはＳＭクラブも辞めた。 古谷はマゾではない。 「古谷君は男の中の男だから。私の鞭にも我慢してくれている。 そんな古谷君が好き」 というわけのわからないことを言っている女だ。 桜子と三人で、バーで会った。 「アドバイスしてあげて」 玲子が言うと、 「うーん、やりたくなければ、やらないほうが私はいいと思う」 と桜子が言った。 「結構、相手にあわせてＳＭやるのって、しんどいから」 桜子は自分の経験を話した。 ＳＭクラブでは、マゾでも客だから。マゾの求めるプレイをしなきゃならない。 「で、疲れている時に、今の彼に会った。 彼は逆に私を受け入れてくれたのよ。マゾでもないのにね」 「よくわからないんですけれど」 「だって、あんたの彼ってフェラチオも好きなんでしょう」 「好きかどうかは、わかんないけれど」 「自分は何もしないで、ただ快楽だけを求める快楽マゾ、ＳＭクラブにはよく来るよ」 「まさか、彼、ＳＭクラブの常連？」 「それはわかんない。妄想だけかもしれないけれど。 だけど、快楽マゾの求めるままにいたら、サービス女王様にさせられちゃうから。 むしろ、そんな男とは別れたほうがいいよ」 「そんな」 「玲子、あんたが見極めてあげたら」 「私？」 「私は彼がいるから、他の男とはプレイはしません」 「どうすりゃいいのよ」 「あんただって、ＳＭくらい、やったことあるでしょう」 桜子と別れ、もうこうなれば毒食らわばなんたら、玲子と渚は誠一郎のマンションに行った。 「友達の玲子」渚が言った。 「どうも」 二人はリビングに通された。 「昨日、逝く時、なんて言ったか、覚えている？」 「えっ？」 あのあと黙って渚は帰った。 もしかしたら、聞かれてなかったのかと誠一郎は思ったが、やっぱり聞かれていたのか。 素直にＳＭクラブに行ったことを告げて謝ろうか、和田さんに言われて行ったと言って土下座すれば、渚は許してくれるか。 いや、許してはくれまい。 それに今は初対面の女性もいる。 玲子の前で土下座なんか出来ないし。 渚はそのあとの言葉が出て来なかった。 しょうがねえなぁ、と玲子は思った。 「でね、渚はあなたがドＭなんじゃないかって心配してるのよ」 「ドＭ？　なんで」 「女王様なんて叫んで、ドＭなんじゃないの？」 「違う、違う」 「まぁ、いいわ。 とりあえず、パンツ一丁になって。 渚、私たちもとりあえず下着になりましょう」 こうなりゃ、関わり合いだ。 玲子と渚は下着になり、誠一郎はパンツ一丁になった。 「まずはビンタ10発！」 玲子が言った。 「なんで僕がビンタされなきゃいけないんだ」 誠一郎は言ったが、パンツの上からチンコが半勃起しているのがわかった。 やっぱりドＭか。 いや、玲子も渚も下着になっている。 目の前に下着の女が二人いたら、勃起もするだろう。 ビンタでチンコがどうなるか。 「私、ビンタしたことない」 渚が言った。 おいおいおい。 誠一郎をグーパンチで殴ったって言ってなかった？　 あー、そういうことか。 人を殴ったことがないから。怒りに任せてグーパンチが出ちゃったわけね。 玲子だって人を殴ったことなんてないよ。 でも、ドＭ男と付き合って、ビンタをお願いされた。 やってるうちに結構楽しくはなった。 女に一発か二発ビンタされたって、普通の男は平気なんだけれど。 三発、四発で顔がゆがみ、たいてい五発目で涙目になる。 そういう徐々に男が屈服して行くのがだんだん楽しくなるんだ。 だから、ドＭじゃない男の子にビンタして、何人かはドＭに目覚めさせてあげた。 わかったわかった。教えてあげる。 あげるけれど。 これって、誠一郎がドＭじゃなくてもさ、誠一郎をドＭに、渚をドＳに目覚めさせちゃうんじゃない？ まぁ、いいか。 とりあえず玲子が誠一郎に往復ビンタを食らわせた。 さぁ、ここからが醍醐味だから。 「渚、やりなさい。とりあえず三発」 「うん。やってみる」 「よせよ、渚、そんなの嫌だ」 誠一郎が言った。 「黙りなさい。喋っていると、舌噛んで死ぬよ」 玲子が言ったら、誠一郎は黙ったよ。 渚がビンタする。 およそ、ビンタとは言えない。 へなちょこビンタが三発。 「それじゃ、駄目。こうするの」 また、玲子が往復。 顔が歪む。 さぁ、あとはあんたが泣かせてよ。 「渚、やりなさい」 バシッ！ おう、決まった。 誠一郎は泣いた。 そして、あと二発を待たず、その場に膝をついた。 「もう勘弁してください」 そのまま誠一郎は両手をついて頭を下げた。 「渚、頭を踏んで」 玲子が言った。 「ドＭ男が土下座をしたら、頭を踏むのがＳ女性よ」 「で、誠一郎君をＭに目覚めさせちゃったの？」 和田さんが呆れて言った。 「まぁ、そういうことになりますかね」玲子が言った。 「おいおいおい」 「でもそれで二人が幸福なら、いいんじゃないのかなぁ」 「ホントに幸福なの？」 「渚は結構尽くすタイプだから」 「尽くすＳね。わしにはもう、よくわかんない」 「和田さんだから、特別に見せてあげるね」 玲子がスマホを見せた。 ピンヒールに革のパンティ、上半身はオッパイ丸出しで鞭を手にした渚の写真だ。 足元には全裸の誠一郎が土下座している。 「鞭で叩くけれど、たっぷり楽しませても上げるって」 「おいおいおい。 まぁ、目の保養はさせていただきました」 「和田さんが奴隷になりたいって言ったら、私もご主人様として尽くしてあげるわよ」 「おいおいおい」 「渚の写真見せてあげたんだから。 今日は和田さんの奢りね」 「はいはい、かしこまりました」 「あら、素直」 「まぁ、今の写真はここの勘定には値する」 渚は美乳だった。 この乳に顔をうずめられるなら、鞭で叩かれても土下座させられても、そら、誠一郎は幸福なんだろうなぁ、と和田は思った。

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