シンディ
作・たぬべえ

浅川継信と礼子夫妻は結婚してすぐに子宝を授かった。
継信は喜んだが、生まれてきた赤ん坊を見て驚いた。
金髪、碧眼。
な、なんだ？　
いかにも日本人顔の継信。
あきらかにこの子は俺の子じゃない。

「あー、ごめん」
礼子は言った。
「結婚式の前の夜、友達がさ、独身最後の夜だからって、乱交パーティに誘ってくれて。
そん時にセックスした外人の男だわ」

「誰なんだ」
「わかんないよ」
「そんな！」
「どうする？」
「どうするって、わかったよ。覚悟を決めたよ。
お前の子供だ。俺の子供として育てる」
「うーん、私は離婚したい」

妻の意外な発言に、継信は驚いた。
「なんで？」
「だって。どっから見ても、あなたの子じゃないんだよ。
まわりはいろいろ言うだろうし、もの心ついたら、この子が傷つく。
父親は死んだことにして、私一人で育てるよ。
お金には困っていないし」
礼子の父は継信の勤めている会社の社長で、そこそこの資産もあった。

「俺はどうするんだよ」
「この子のためだから、消えて」

だよなぁ。
死んだと教えている父親が、祖父の会社で働いていたら、まずいだろう。
考えてみたら継信も、あきらかに自分の子じゃないのに親としてやっていかれるのかは自信がなかった。
でも「消えて」って。

礼子を見たら、ベッドの上で頭を下げていた。
もう、この母娘にとって、継信はただただ無用の男なんだとわかった。
礼子の父も頭を下げ、退職金だと言って2000万円包んだ。
あきらめて、継信は姿を消した。

礼子も少しは継信に悪いと思ったのか。
信の字をとってシンディと名付けた。
見た目外人だから、外人っぽい名前のほうがいいし。

だが、シンディが5歳の時、礼子は病気で死んだ。
シンディは祖父母が引き取ったが、その祖父母もシンディが15歳の時に死んだ。
祖父母の遺産はシンディと、礼子の妹の智子が継いだが、智子はすぐに遺産を使い果たし、後見として管理していたシンディの遺産にも手をつけた。

シンディがＢ大の英文科に受かった時、智子もシンディもほとんど金を持っていなかった。
「叔母さん、どうするわけ？」
「しょうがないよ。なんとかバイトして、大学の学費を稼ぎなさい」
「バイトって、何したらいいのか」
「叔母さんに任せなさい。
あんた、見た目は外人だし、英語も出来るんだから。心当たりがある」

智子はシンディを△△というＳＭクラブに連れて行った。
「私に風俗で働けっていうの？」
「この店は大丈夫。やらずぼったくりの店だから。ねえ、社長」
「うん。もともとはモデル事務所で、いまもやっている。
シンデイ、君はいけているから、いずれはモデルとしても売り出してあげるから」
社長と呼ばれた初老の男、ドナルドはあっけらかんと言った。

「風俗ったって、抜きとかもなし。
ただ男を英語で罵倒すればいいだけだから」
叔母はあっけらかんと言った。
「働きながら大学行くの大変でしょう。
ここなら、ちょこちょこっと稼げるから」

シンディはネットで△△について調べた。
評判悪っ。
なんにもしない。
罵倒とビンタ、ピンヒールで踏むだけのＳＭクラブ。

たいていの客は怒って二度と来ないが、女王様は外人モデルだから、写真をホームページに載せていて、外人美女に罵倒されたくて来る客もいる。
そして、ごくごくマニアの客にはそこそこ受けている。
「なんなの？」

だが、さしあたって、日々の生活費もない。
仕方なくシンディは△△で働きはじめた。
最初は日本語がわからないふりをしたが、すぐに見抜かれた。
そら、日本語でなんか言われたら反応しちゃうよ。

「日本語わかりますよね」
「わかるわよ。日本人だもん」
「そうなんだ。
でも女王様やってるってことはＳＭに興味もあるんだよね」

「ないわよ。生活のためよ」
「貧乏には見えないけれど。育ちはいいでしょう」
「祖父が死んで、馬鹿な叔母が遺産使い果たしちゃったのよ」
「ご両親は？」
「親はもっと前に死んでる」
「そうなんだ」

やたら親切な客だった。
その客はそれからも時々、シンディを指名した。
そして、とくにプレイをすることもなく身の上話を聞いてくれた。

「お客さんはマゾなわけ？」
「そうだよ」
「鞭で叩いてあげようか」
「えっ？」
「だって、なんか悪いから」

こうして、シンデイははじめて鞭を手にした。
これがシンディの運命を変えた。

ビシッ！
「何、これ。凄い快感なんですけれど」
「シンディ女王様はサディストの素質があるよ」
「おじさん、もっとＳＭのことを教えて！」
「かしこまりました、女王様」

おじさんマゾは目を輝かせてシンディの前に土下座した。
そして、ＳＭの機微を懇切丁寧に教えてくれた。

「こんなやらずぼたくりのＳＭクラブは駄目だと思う」
シンディは、仲良くなった何人かの女の子に言った。
「私たちも楽しんで、お客のマゾヒストにも楽しんでもらわなきゃ駄目よ」

「でも、きたねえペニスとか触りたくないよ」
「足とか舐められるのも、超キモ悪い」
「鞭打ちとかやって腕太くなったら、本業のモデルが出来なくなる」
はじめは外人美女たちはシンディの言うことに耳を貸さなかった。

「うん。やりたくないことはやらなくていいよ」
シンディは言った。
「でも、やるべきことはやったほうがいいと思う」
「シンディが言うなら、鞭くらいふってみようかしら」
一人が言った。

そして、実践してみると。何人かは女王様の素質があったのか。
「お馬さんごっこ、楽しかった」
「縛りとか、覚えてみるよ」
「なんか最近、マゾ男性がかわいく思える」

△△の女王様たちは次第にＳＭの楽しみに目覚めていった。
美女が真摯に鞭を打つから、△△の評判もよくなった。

「うんうん、シンデイは素質あると思った」
智子が言った。

「シンディのおかげで、業績も回復よ」
ドナルドも喜んだ。

「ねえ、私を支配人として雇いなさいよ」
智子がドナルドに売り込んだ。
「ＯＫ。智子とシンディに△△を任せようじゃないか」

こうして、△△の経営を、オーナーのドナルドから、智子とシンディが任された。
それがシンディが大学３年の時だった。

「ホームページでシンディ様の写真を見ました」
ある日、ふらりと来た客は初老の男で、田舎から出張で来たと言った。

「どんなプレイがしたいの？」
「ＳＭはよくわからないんです」
「何しに来たの？」
「シンディ様が、昔好きだった女性に似ていましてね。お話するだけでいいんです」

「ごめんなさい。ここはキャバクラじゃないのよ。
ＳＭプレイしないなら、お金は返すから、帰ってください」
男は寂しそうな顔をした。

「なんかやりたいことない？　鞭、蝋燭、聖水、アナル責め、お馬さんごっこ……」
「お馬さんごっこ？」
「あなたが馬になって、私が背中にまたがるの」
「それ、お願いできますか」
男は目を輝かせて言った。

男はパンツ一丁で床に四つ這いになった。
シンディはまたがった。
一時間半のプレイ時間、男は黙々と床を這いまわった。

男は翌月も来て、ただ馬になって帰って行った。

その次の月も。

「ねえ、他のプレイはしなくていいの？」
「ええ。痛いのは苦手ですし、シンディ様にはあまり罵倒とかされたくありません」

「エロいプレイは？　
擬似セックスみたいな。顔面騎上しながら、ペニスをしごいてあげてもいいよ」
「そんなのは駄目です！」
「じゃ、今日もお馬でいいのね」
「はい」

シンディを背に乗せながら、男は勃起はしている。
だが、抜くこともなく、他の責めはいらないと言い、ただただお馬さんごっこをして帰ってゆく。

不思議な客だとは思ったが、人の趣味はそれぞれだからと、シンディはそれ以上は追求はしなかった。

だが、黙っているのも辛いので、彼のことをいろいろ質問した。
地方の会社の社長で、かなり手広くやっているらしい。
独身で家族はいない、と男は寂しそうに言った。

男は月に一度出張の度に、シンディとお馬さんごっこを楽しんでいた。

「月一で来るシンディのお客、どっかで見たことあるのよね」
智子が言った。
「名前なんていうの？　こんなところで本名は名乗らないか」
「浅川継信っていっていたけれど」
「えーっ！　それって、ああああ、思わず口が滑るところだった」

「叔母さん、なんか知っているのね」
「それ、シンディのお父さん、いや、血は繋がってないけれど、な、なんて言ったらいいんだろう。シンディのお母さんの夫で、あははは」

智子はシンディの出生にまつわる話をした。

「笑い事じゃない。次に浅川さんが来たら、叔母さんも付き合って」

パンツ一丁で土下座する継信の前に、智子とシンディがボンテージで現われた。
「兄さん、お久しぶり」
「智子ちゃん……、ということはやっぱり」
「うん。シンディは姉さんの娘なんだ」

「礼子に似ているから、もしかしたらと思ったんだ」
「お父さんなの？」
シンディが言った。

「お父さんじゃないけれど、でも、お父さんって呼んでくれたら、嬉しい」
「普通ないよ、お父さんがパンツ一丁で土下座しているなんて」
言いながら、シンディは泣き出していた。
継信も、泣いていた。

「なんでもっと早く会いに来てくれなかったの。ばかばかばか」
「礼子や義父さんたちが死んだことは知らなかった。
ごめんね、シンディ」
「うん。ごめんねに土下座は似合っている」智子が言った。

継信は離婚後、実家に戻り、礼子の父からもらった手切れ金を資本に会社を興して成功していた。

「もしも礼子と別れていなくて、シンディと三人で暮らしていたら、こんな風にお馬さんごっこしたのかと、ずっと思っていた。
シンディ、もしよかったら、私と暮らさないか」

「暮らしたいけれど。親子として？　それとも？」

シンディは思わず笑ってしまっていた。
そんなのは、どっちでもいいか。





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