遺産

作・たぬべえ

わはははは。 兄ちゃんの遺品を整理していたら、スゲエ写真が出て来たぜ。 外人のボンテージ着たお姉ちゃんたちの前に全裸の男たちが土下座している。 土下座の男は六人、顔は写っていない。 ケツだけ。 この六人の中に兄ちゃんがいるのか。 あるいはこの写真を撮ったのが兄ちゃんか、たまたま持っていただけか。 兄ちゃんは50歳で死んだ。 独身で、他に身内はいない。 弁護士から突然電話があり、俺は兄ちゃんの死を知った。 誰にも看取られずに死んだ。 「他に身内いないから。あんた、儲かったね」 弁護士が言った。 このマンションと、預貯金300万円、2000万程度の債券に、マンションの家具類が俺のものになる。 税金もぎりぎり払わなくてもいいくらいの遺産で。 兄ちゃんには可哀想だが、俺は助かった。 今住んでいるマンションは賃貸だから、ここに引っ越して、借金も返せる。 兄ちゃんは結構優秀だった。 Ｘ大学法学部出て、市役所に勤めて、最後は資材課の課長だった。 でも、結婚もせず、これといった趣味もなかったみたい。 兄ちゃんよ、あんたの人生って。 と思っていたら、この写真が出て来たよ。 でも他に、ＳＭ関連の本もグッズもない。 そうかパソコンか。 だがパスワードがわからず、兄ちゃんのパソコンは開かなかった。 もしも兄ちゃんがＳＭ趣味で、プレイを楽しんでいたんなら、それはいい人生だったんだろうが、たまたまなんかでこの写真は持っていただけ、なのかもしれない。 役所の同僚がいろんな手続きのためにマンションに来た。 中年だが綺麗な、落ち着いた感じの女性だった。 まさか彼女にこの写真のことを聞くわけにもゆくまい。 「兄貴は役所ではどんな人でしたか」 さり気なく聞いてみた。 「とても優秀な方でしたよ」 「飲みにとか行ったんですか。その、忘年会とか」 「行ってないわ。そういうお付き合いはしない人だった」 そうなんだ。 友達とか、いなかったのかなぁ。 「俺、大学で家出て、それから兄貴には両親の葬式以外で会ってなくて。 兄貴のプライベイトほとんど知らないんですよ」 女はちょっと下を向いて微笑んだ。 あれあれあれ、彼女、兄ちゃんのプライベイト知ってるの？ 「もしお時間ありましたら、兄貴を偲んでお酒でも飲みませんか」 ちょっといい女だぜ。 誘ってみた。 「あなた、ご結婚は？」 「しましたけれどね、離婚しました。 というか逃げられた」 「お仕事は？」 「食品関係です」 レイルト食品の卸しの会社に勤めている。 いろいろ仕事をやったが、うまくゆかず、いまは食うために会社に行っている。 なんだ？　 兄ちゃんの話じゃなくて、俺の話になっているな。 「ねえ、この書類なら、郵送でもよかったのに。 なんで今日、私が来たのかわかる？」 「えっ？」 「あの人の弟がどんな人か、会ってみたかったの」 あの人？ もしかして、この女、兄ちゃんの彼女かよ。 なら、もういいや、聞いてみるか。 「ちょっと見て欲しいものがあるんですがね」 40代前半だろうか。 真面目な公務員の女が、この写真見て、なんて言うかな。 そんな好奇心もあって。 「兄貴の遺品の中から出て来たんです」 写真を見せた。 「あはははは」 何を笑っているんだろう。 「課長がね、この写真をうっかり置き忘れたふりして、わざと私に見せたのよ」 おいおい、どういうことだよ。 「最初はちょっと驚いたけれどね」 たいへんなものを見られたとしどろもどろになりながら、兄ちゃんは彼女を少しづつＳＭの道に誘い込んだらしい。 つまり、なんだ、この写真は兄ちゃんのナンパツールだったわけだ。 「つまり、兄貴とあなたは女王様と奴隷の関係だったんですか」 「逆調教されちゃったわけね」 「安心しました」 俺は本心を言った。 「兄貴はつまらない人生で、早くに死んじゃったと思って可哀想に思っていたんですが、結構楽しい人生を過ごしていたんだと思うとね」 「いいわよ。 彼は死んじゃって。 残された私はどうするの？」 「どうればいいですか？」 「えっ？」 「兄貴はどうしていたんですか？　 写真みたいに、全裸で土下座？」 俺が言ったら、彼女の口元に笑みが浮かんだ。 金とマンションと、女王様も俺がいただくよ、兄ちゃん。

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