美人コンサル

作・たぬべえ

アーサー・トラベルは市役所の出張所に40年勤めた。 毎日、戸籍簿の管理をして、役所とアパートを往復、土曜の夜に、パブでサッカーを見るのが唯一の楽しみ。 気がついたら40年経ち、定年退職した。 年金は給料の半分だが、アーサーには貯金があった。 50万ポンドはある。 役所時代、金はほとんど使っていなかった。 これを信託に預けて、利息と年金なら、ちょっとリッチな老後の暮らしも出来る。 アーサーは証券会社の窓口を訪ねた。 出て来た投資コンサルタントのネイビーの美しさにしばらく呆然となった。 50万ポンドもあるんだから、半分は信託でもいいが、半分はリスクはあるけれど株で運用したらどうだ、配当ももらえるし、20万ポンド投資すれば、値上がり益と配当で年5千ポンドくらいにはなる。 とネイビーは言った。 「よろしくお願いします」 アーサーは何も考えずに応えていた。 50万ポンドの金が3ヶ月で30万ポンドになっていた。 「株にもう少し資金を追加出来ませんか」 「じゃ、あと10万ポンド」 「男らしくないわね、20万行きなさいよ」 「はい。わかりました」 アーサーは鴨だった。 半年後、アーサーの金は10万ポンドしかなかった。 「ここは一気に逆転を狙いましょう」 10日後、アーサーの40年貯めた貯金はゼロになった。 「なんですか？」 証券会社を訪ねたアーサーに、ネイビーは冷たく言った。 「金を株で運用したい」 「だって、あなた、もうお金持っていないでしょう」 アーサーはチラシを持っていた。 小額株取引のチラシ。 「100ポンドから株式投資」 と書かれてある。 年金の中からおろした300ポンドを握り締めていた。 「わかりました」 ネイビーは社内電話を掛けた。 「6番の窓口が担当なので、そちらにお願いいたします」 「君がやってくれないのか」 「私は大口担当よ。 カーッ」 ネイビーはわざと大きな口を開けて、吸い込む真似をした。 アーサーは吸い込まれそうになった。 そのままネイビーに吸い込まれてもいいと思った。 だが、ネイビーは大きな口からフーッと息を吐いた。 アーサーは６番窓口まで飛ばされていった。 「はい。どの会社に投資しますか」、 ６番窓口にいたのは禿た老人だった。 逃げようとするアーサーのスーツの裾を老人が掴んだ。 「このベンチャー企業がおすすめですよ」 「イエス」と言うまで老人はアーサーの裾を離さなかった。 アーサーはなけなしの300ポンドを老人に奪われ、証券会社を出た。 アーサーは持っていた小銭でホットドッグとコーヒーを食べて、帰ろうと思った。 もうネイビーに会うことはない。 株で儲かったら、ネイビーをデートに誘おうかと思っていた。 そんな夢も泡と消えたのだ。 あとは年金だけで細々と暮らそう。 しばらく歩くと、なんとネイビーと会った。 「ネイビー！」 「アーサー、実はあなたのことが心配になって探していたのよ。 さっきはごめんなさい」 「いや、僕のほうこそ、悪かった。 忙しいところを金もないのに」 「そうじゃないの。あなたに大損させたのは私だもの。 なのに、なのに」 「いいんだよ、もう」 「あのね、絶対に儲かる株があるのよ。 それに投資してみない」 「でももう金がないんだ。 さっきの300ポンドはベンチャーに投資しちゃったし」 「年金を解約すればどうかしら。20万ポンドくらいにはなるんじゃないの？」 アーサーの年金は一年後にはなくなった。 証券会社の入り口でアーサーはネイビーに詰め寄った。 「残念だったわね。株は自己責任だから」 「僕はどうすればいいんだ」 「知らない」 「助けてくれ」 アーサーは道端に土下座してネイビーにすがった。 金をとられた上、女の足元に土下座してすがる。 その屈辱にアーサーは耐えた。 だが、女はアーサーを足蹴りにして言った。 「やめてよ、変態！　警備員さーん」 アーサーは屈強な警備員に取り押さえられた。 ネイビーはスタスタと行ってしまった。 警備員がアーサーの手をひねり、 「警察を呼ぶぞ」と怒鳴った。 「君たち、大事なお客様に何をするんだ」 声を掛けたのは６番窓口の老人だった。 流石、大きな証券会社だ。 300ポンドの客でも、客として扱ってくれるのか。 「大丈夫ですか」 老人は言った。 「あなたはうちの大事な大口顧客ですからね」 なんと、アーサーが300ポンド買ったベンチャーがイギリスを代表する企業に成長し、アーサーの株は100万ポンドになっていた。

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