大逆転

作・たぬべえ

岸田誠は47歳で独身。 ある日、会社の上司に呼ばれた。 「申し訳ない。リストラということで」 上司は言った。 「本社の意向でな。 うちの支社から一人リストラしないといけないんだ」 「なんで私なんですか」 「だって、山田は子供小さいし、内村はお父さんの介護してるし、鈴木は新婚だしさ。 君ならリストラになっても家族が路頭に迷うこともないし」 一週間前、リストラの噂が出た。 その時に、山田、内村、鈴木と飲んだ。 「しょうがねえよな。 リストラになったらさ、俺、かみさんの実家に行くよ。 かみさんの親が家具屋やっていてよ。 後継者いなくて困ってるんだ」 山田が言った。 「俺は親父の介護に専念するよ。 生活は親父がアパート持っていて、家賃収入でなんとかなるしな」 内村が言った。 「僕は専業主夫になります。 妻は医者なもんでね」 鈴木が言った。 家族がいたって、あいつらはリストラになっても困りはしない。 そこへいくと誠は、何もない。 家もアパートだし、貯金もほとんどない。 仕事が見つからなければホームレスだ。 毎日ハローワークに通ったが、47歳の男に仕事なんてなかった。 「能力がないからリストラされたんだろう。 他所の会社で使い物にならなかった奴を、うちの会社が採用するわけないだろう」 いわゆる圧迫面接を何度もうけて、身も心もボロボロになった。 とうとう道で倒れた。 「いま救急車呼ぶから」 「やめてくれ。病院代がもったいない」 誠は這うようにして逃げた。 一年経った。 バイトすら見つからない。 派遣会社に登録するが一週間に一度くらい梱包作業などの仕事があるだけ。 十時間以上働いて、経費を引かれて七千円ほどもらえるだけだ。 貯金はそろそろ底をつく。 もう終わりだな。 アパートを解約し、家具なんかを始末した。 ほとんど捨てた。 粗大ごみの費用が50000円掛かったが、古本やちょっと贅沢に買ったビンテージの食器なんかが100000円くらいで売れた。 アパートの敷金が戻り、貯金の残金とで300000くらいが手元にあった。 どっか知らない土地でのたれ死にすかるか。 ＪＲのフリーチケットを買い、とりあえず終点まで乗った。 なるべく遠くへ行く列車に乗り、また終点まで乗り、それを繰り返して、その夜は夜行列車に乗り、翌日の昼頃、どこだか知らない地方都市に着いた。 腹も減っていたので飯を食った。 もう何度も飯を食うこともないだろう。 海の近くだったみたいなので刺身を食った。 うまかった。 生きる気力が少し沸いた。 人間なんてそんなものかもしれない。 うまいものを食ったら、生きることに未練が残った。 次の列車を待つために駅の待合室にいたら、女子高生の集団が来た。 若い女の息吹が伝わった。 彼女たちと接点があるわけでもないが、見ているだけで幸福な気分になった。 考えてみたら30歳くらいから女性と接することもなかった。 自分が駄目駄目だから、女性と付き合うことに臆病になっていた。 なんか仕事に就けば、今度は彼女を作ろうと思った。 その都市のハローワークに飛び込んだ。 「地方は求人難でね、仕事なんてないよ」 ハローワークの職員が言った。 でも探した。 市場で雑用係のアルバイトを募集していた。 時給750円。 月収12万。 面接を受けたら、 「田舎でも給料安いから、なかなか来てくれる人いないんだよ」 と社長は言った。 アパートも借りてくれた。 家賃20000円。 地方は家賃も安いんだ。 風呂はないが市場の風呂を使っていいと社長は言った。 人生の仕切りなおしだな。と誠は思った。 「奢るから、飲まない」 声を掛けて来たのは、同じ市場で会計係をやっている木村章子だ。 45歳のおばちゃんだったが、化粧の濃い、まだ女捨ててないオーラが出まくっていた。 金曜日の夜、二人で飲んだ。 久しぶりに飲んだので酔いがまわった。 なんか一升瓶置いて、二人で朝まで飲んでいた。 昼頃目を覚ますと、そこはただっ広い部屋だった。 ソファーが一つあり、章子が座っていた。 「昨日、あんた、私の家に泊まったんだよ。 もう村中の噂だね。 どうするよ？」 章子が言った。 えーっ。 どうするって、どうするんだ？ 「俺、バイトで月給12万しかないけれど」 誠が言った。 「知ってるよ。私、会計係だから。 しかも、私、社長の妹だし」 「そうなんだ」 そう言えば、ここ木村市場だった。 「どうするの。 逃げ出す？」 「逃げ出さないよ」 もうこれがラストチャンスなんだ。 誠は思った。 ラストチャンスだから。 人生最初の土下座をした。 「結婚してください」 両手をついて頭をさげた。 「似合ってるね。 これからもちょくちょく土下座はしてもらうから。 一生尻に敷くからね」 章子が言った。 「尻に敷く？」 「この部屋なんで広いかわかる？　 お馬さんごっこが出来るようにだよ」 「お馬さんごっこ？　 ホントに尻に敷かれるのか」 まぉ、それもいい。 死ぬつもりだったんだ。 これはある意味、人生の大逆転だよな。誠は思った。

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