Ｓ女子大秘話

作・たぬべえ

１０

「あれ、お嬢さん、いつかの？」 帰り道、意外な男に声を掛けられた。 あの日、牛尾に襲われた時に助けてくれた、おじさんだ。 「あの時はありがとうございます」 意外でもないか。 このおじさん、近所に住んでいるんだ。 きっと。 そうだ。 牛尾のことを、おじさんに聞いてみようか。 「あの、この間のお礼がしたいんですが」 「いいよいいよ、そんなの」 「いいえ、お話もあるんで。 ちょっと聞いていただきたい」 「そうか。 お嬢様にそう言われたら仕方ないね」 おじさんは笑顔で言った。 「もし行きたい店があるなら別だが、僕の行きつけの店が近くにある。 そんなに高い店じゃない。 季節のうまいものを食わせてくれる店だよ」 おじさんに誘われるまま、小料理屋に行った。 「おやじさん、奥空いている？」 声掛けて、奥まった座敷に入った。 「おじさん、こういうお店で女の子口説くんですか」 玲子がちょっとからかい気味に言ったら、 「口説くところは別。 ほら、お嬢様が話があるつて言ったから。 たぶん、あの痴漢君のことだろう」 このおじさん、いろいろ知っているのか。 なんだろう。 座って、ビールを注文した。 突き出しが出て来た。 酢の物だけれど、何これ、うまい！ 「やっぱ、おじさん、モテるでしょう」 「人生でモテたことなんて一度もないよ」 おじさんは言った。 「僕は会社員だけど、この年齢でヒラだから」 「ヒラ？」 「しかも独身。 でも女の子は好きだから。 頑張って口説いたが駄目だったな。 土下座で口説いたことも、五回じゃきかないね」 おじさんは笑った。 「おじさん、名前も聞いてなかった。 私は明石玲子」 「和田平(たいら)といいます」 　最近、玲子は和田さんと会った居酒屋に通っている。 和田さんは人生の達人だった。 当人は会社員でヒラだというが、どう見てもただ者ではない。 彼から学ぶものは多い。 玲子は友達の南響子が、彼女のパンツを盗んだ浅香雄一郎と結婚した話を和田さんにした。 「パンツ盗んだ男と結婚します？」 玲子は和田に言った。 「普通はしないよ」 和田は笑いながら言った。 「普通はしないけれど、でも、それは二人が会ったきっかけに過ぎない。 きっとパンツ盗んだ男はいい奴なんだろうね」 「和田さん、言葉間違ってます？」 「えっ？」 「泥棒がいい奴って」 「いやいや。 パンツ盗むのは泥棒ではないよ、男の性だから」 和田さんは笑いながら酒を飲んでいた。

おしまい

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