作家の部屋

作・たぬべえ

編集者の吉永睦朗は作家の遥志麻のマンションを訪れた。 「ごめんねーっ、散らかってて」 志麻のマンションは1ルームで、資料が山積みで足の踏み場もなかった。 「先生、どうやって寝てるんですか」 「実は隣にもう一軒借りてるのよ」 「二間の部屋仮りればいいのに」 「なんかさ、最初にここに住んじゃって、引越しとか苦手なのよ。 そしたら隣の部屋が空いたもんだから、借りちゃった」 「今日は来年の新刊の打ち合わせで」 「じゃ、隣行く？」 「先生のプライベイトルームでしょう」 「多分、問題ないと思う」 行って驚いた。 ソファーがひとつあるだけで何もない部屋だ。 「こっちの部屋は寝るだけ」 「寝るだけ？」 「布団が押入れにある」 「不便じゃないの？」 「うん。 何もないところに布団だけ敷いて寝ると落ち着く」 作家の考えることは、よくわからない。 「ソファーに座って」 「並んで話すのって話し難くないですか」 「立ち話？」 「先生座ってください。 僕は床に座りますから」 「えー、上から目線、なんか嫌」 「僕、身長あるから、正座すれば、だいたい同じ視線ですよ」 「そうだね」 志麻がソファーに、睦朗が床に座った。 「あっ、吉永さん、ため口でいいよ」 志麻が言った。 「そういうわけにはいかないでしょう」 「だって年齢ためでしょう」 睦朗と志麻はどっちも25歳。 志麻は大学生の時、ヤング向け雑誌の小説コンクールで入賞、だが、その文体がアダルト向けと見抜いた睦朗の上司、天城典夫の指導で、エロっぽいコミカル恋愛小説に転換、デビューから3年で10冊の単行本を出している。 睦朗は 「俺はもう爺だから、同じくらいの年齢の奴を遥につけよう」 と典夫に言われ、春から志麻の担当になった。 「で、ちょっと吉永さんに相談がある」 「あっ、じゃ、僕も遥先生を志麻さんって呼びますから、志麻さんも睦朗って呼んでください」 「あはは、わかった睦朗君」 くったくのない笑顔。 結構カワイイ、と睦朗は思った。 「前の小説、『お部屋においで』、読んでくれたよね」 「読みました。 面白かったです。 彼氏がはじめて彼女の部屋に来て。 で、話すことがなくなって。 あれ、わかる気がします」 「で、手持ち無沙汰になって、二人でお馬さんごっこするって無理な展開」 「無理じゃないです。 それもわかりますから」 「わかるんだ」 「だって、あの男って童貞でしょう。 なかなかセックスを求められないで、で、妥協案ですよね。 なんか『痴人の愛』の話とかして」 「無理じゃない？」 「無理じゃありません」 「じゃ、睦朗君と私だって、お馬さんごっこしてもおかしくない？」 「えっ？」 何故か見つめあってしまった。 この部屋に家具置いてないのって、もしかして？ 「谷崎潤一郎って自分の性癖を小説にしたんだよね」 「性癖というよりは、ファンタジー？」 「私もファンタジーに浸りたいんだよ。 締め切りに追われる現実から」 「追っているのは僕ですけれど」 志麻は立ち上がると、押入れから乗馬鞭を出した。 「それでお尻を叩かれるんですか？」 「軽く」 「服は脱ぐんですよね」 「うん」 「パンツは勘弁してください」 「うん。 パンツは許そう」 睦朗はパンツ一丁で四つ這いになった。 「カワイイ」 志摩はゆっくりと、睦朗の背中に座った。 とりあえず部屋を三周した。 「ありがとう。 私からも、天城さんに言っておく。 いい編集者を担当にしてくれて嬉しいって」 「それはありがとうございます」 「次の打ち合わせはいつ？」 「先生の、いや、志麻さんの原稿の進み具合で」 「じゃ、急いで書くから、次、手綱を用意してくれる」 「は、はい」 まぁ、お馬さんごっこで、原稿が早く出来るなら、ありがたい話だな、と睦朗は思った。

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