重い女

作・たぬべえ

２

「どうしたの？」 と言う亮に、絵里が最敬礼した。 「何？」 「店長、付き合ってください。 お願いします！」 「はぁ……」 突然のことに、亮は驚いた。 「付き合ってください」 って？　 えーっ、告白？　 だって、一まわりは年違うよ。 「年の差関係ないです。 店長のこと、好きになっちゃったんだもん」 あー、今時の女子だーッ。 肉食系？　突っ走るタイプ？　 でも、むげに断わるわけにもいかないよな。 店長の立場とか、そういう問題じゃない。 断われないだろう。 カワイイんだから。 えーと。 履歴書を思い出す。 大島絵里は21歳だよな。 大人だ。 問題ない。 「とりあえず飲みに行くか」 「はい！」 もっといい店に行ってもいいのだが。 駅前の居酒屋に行った。 チェーン店じゃない。 親父の行く居酒屋で。 「わーっ、畳鰯、はじめて食べた！」 絵里は親父の居酒屋料理に喜んでいる。 日本酒を結構飲んでいる。 「酔っちゃった」 小娘の術中にはまったのか。 前に美沙と行ったホテルに行っていた。 ここでもし、絵里とうまくいけば、俺はやり直せるはずだ。 亮は思った。 絵里がシャワーを浴びに行っている間、部屋の冷蔵庫のビールを飲んだ。 バスタオルを身体に巻いた絵里が出て来た。 「えーっ、それ飲んでるの？」 「君も飲むか？」 「ビールじゃなくて、そのグラス？」 「グラスがどうした？」 「駄目だよーッ。 こういうホテルのグラス使っちゃ」 「どうして？」 「だって、ＳＭの聖水プレイに使ってるかもしれないんだよ」 おへっ。 こういうホテルでＳＭプレイをする人たちがいることは知らないわけでもないが、まさか冷蔵庫に付いているグラスで聖水プレイするのか！ 「店長、そんなことも知らないの」 絵里が勝ち誇ったように言う。 「案外遊んでないんだね」 「なんだよ、その言い方」 亮が少し怒った口調で返すと、 「カワイイ」 と絵里が言った。 「遊んでないほうが好きだよ」 絵里が言った。 「元カノとか気になるほうだし。 ゼロってわけじゃないだろうけど、少ないほうがいいよ」 なんかそうとう重たい女かもしれない、と亮は思った。 「そんな聖水ビール飲んでないで。 裸になってベッドに寝て」 「ああ」 亮は言われるままに服を脱ぎ、パンツ一丁でベッドに横たわった。 「今日は全部、絵里に任せてね」 絵里は亮のパンツに手を掛けた。 お、おい。 「うふふふふ。勃ってる」 屈託ない絵里の笑顔が魅力的だった。 絵里が亮の上に乗って亮を導く。 絵里がタオルを取り、大きくて綺麗な乳房を露にした。 「いっぱい楽しもうね」 絵里は亮の乳首を弄びながら、唇を重ねて来た。 絵里に犯されているような気分で、亮は絵里の中に精を放っていた。 女に犯されるようなセックス、俺はまだ立ち直れないのかもしれない。 いや、絵里によって新しい世界に導かれるのだろうか。 「ほら、走れ、走れ」 亮はパンツ一丁で四つ這いになって部屋を歩かされ、亮の背中には赤い下着姿の絵里が跨っていた。 俺はこういう趣味はないんだけどなぁ。 「何を言ってるのよ、亮君、私はあなたを新しい世界に導いてあげているのよ」 絵里は言うと、亮のお尻をピシャリと叩いた。 絵里はそうとう重たい女だった。 二人の交際は勿論、会社には内緒である。 別に亮も独身だし、絵里だって未成年ではないのだ。 付き合ったってなんの問題もないのだが、会社という組織の中ではいろいろと問題はあるのだ。 ましてや窓際族の亮にとっては、なんか問題があれば、それがリストラの理由になりかねない。 また、大学生の絵里には将来もある。 一まわり以上年上の男との交際なんて一時の迷いかもしれないじゃないか。 亮は二人の交際は大やけにしないことを提案し、絵里もそれは了承した。 絵里は大人で、亮の会社での立場もなんとなくだが理解しているようだった。 二人は会社では、店長とアルバイト。 そして、店が終わって、火曜日と木曜日が逢瀬の日となった。 亮は絵里を「絵里ちゃん」と呼び、絵里は「亮君」と呼んだ。 「一まわりも年上の男に君はないだろう」 「だって、りょうさんじゃ、こち亀みたいじゃない」 確かに。言われて見れば。 美沙は俺のことをなんて呼んでいたか。 ふと思った。 多分、お互いに呼び捨てだったような気がしたけれど。 あまりよく覚えていない。 絵里は亮の携帯をチェックする。 「私、やきもち焼きなの」 「俺はお前が大学の男友達と遊びに行ってもなんとも思わないぜ」 亮はちょっと強がって言ったら、 「男と女は違うよ」 と絵里は淋しそうに言った。 元カレとは元カレの浮気で別れたのか。 「なんか望月さんとしかメールしてないね。 それもちょっと寂しくない？」 望月は店の副店長だ。 確かに。 亮には彼女どころか、男の友達もいなかった。 学生時代や新入社員の頃はいたのに。 ここ数年どれだけ会社人間だったんだ。 その結果が、閑職に追われ、いままた、アンテナショップの店長をやらされている。 この人事は、今の会社の上層部が 「お前が会社にいると目障り」 と言っている、という意味にもとれる。 「大丈夫だよ。 私が亮君に新しい世界をたくさん見せてあげるから」 立場が逆だろう。 亮のほうが年上だから、絵里に大人の世界を教えてやるはずなのに。 そして、ある日の木曜日、亮が絵里に連れて来られたのは、SMルームのあるラブホテルだった。 「絵里ちゃん、なんでこんなところ知ってるの？」 「実は私もよく知らないんだ。 ネットで見て面白そうだったから」 絵里もよく知らないというので、亮は少し安心した。 確かに、絵里は鞭や蝋燭といった責め道具を持っているわけではなかった。 雰囲気を楽しみたいだけなのか。 「わかった。 だったら、付き合ってやるよ」 亮は言うと、パンツ一丁になって絵里の前に跪いた。 「今日は、絵里ちゃんじゃなく、絵里様と呼ばせてください」 亮はそう言って、絵里の足にキスをした。 「わーっ、亮君、案外うまいね」 絵里は楽しそうだった。 絵里の足の指を亮は丁寧に舐めた。 絵里は喘いだ。 そして、服を脱いだ。 真っ赤な下着だ。 やはりこの雰囲気を楽しみたいみたいだ。 「亮君、絵里のお馬になって」 絵里が言った。 「はい。絵里様」 亮は床に四つ這いになった。 絵里が亮の背中に跨った。そして、 「ひとつ気になることがある」 絵里が言った。 「なんですか」 あくまでもプレイだ。 亮は敬語で答えた。 「ミサさんって誰？」 「……」 携帯を見た時に、美沙のメールを見られたのか。 だけど昔のメールは残っていない。 美沙からのメールはこの間の絵文字だけだ。 「多分、元カノでしょう。 わかっている。 そら、元カノだっていたとは思うけれど、お願い。 美沙さんのアドレス消して」 そう言って絵里は、亮の背中に体重を乗せた。 ははは。重い女だな。 まぁ、いいよ。 美沙はどうせ、もう別の世界の女だ。 「わかりました。 絵里様のおおせのままにします」 「よかった」 絵里が言った。 「じゃ、頑張って、お馬で部屋を三周したら、絵里がご褒美あげるね」 亮は絵里にお尻を叩かれながら、部屋を這いまわった。 いいんだ。俺は、絵里と新しい世界に旅立つんだ。

back to 「他力本願」目次
back to MAIN MENU(Nihongo)
back to MAIN MENU(English)