マットの顛末

作・たぬべえ

ペップ・アンダーソンとマット・シールはニューヨークで暮らすカップルだ。 ペップは28歳、新聞社で記者をやっている。 マットは25歳、二人は大学で知り合った。 マットは１年前に大学を卒業して商社に就職したが、三ヶ月でクビになった。 「クビってどういうことよ？」 ペップは怒って言った。 「わかんないよ。 とにかく上司が、明日から来るなって僕の私物を廊下に投げ捨てた」 「文句言ってやる」 ペップは弁護士を連れて会社に乗り込んだ。 「矛を治めたほうが利口だ」 弁護士はペップに言った。 マットのうっかりミスの誤発注で、会社は20万ドルの損失を出したらしい。 「マットはパソコンを何故か20回クリックしたらしい。 なんでそんなミスをしたか、わけわかんないだろう。 会社は不問に伏すが、今後も同じミスをやらかすであろうと解雇を決めたということだ。争えば2万くらいは取れるがな、会社は温情で解雇で済ませてくれると言っているんだ」 なんで？　 ペップも呆れたが、マットは自分のしたことの意味もわかっていなかった。 仕方なく、ペップは新聞社のメール係のアルバイトをマットに紹介した。 「そのうち、何かポストに空きがあったら、新聞社で雇ってもらえるよう聞いてあげるから」 「メール係なんて、嫌だよ」 「真面目に働いているって上司に好印象持たれればいいのよ。 うちの名物記者のジャックもメール係出身よ」 ジャックはメール係だったが、トップ記者のエリックの手紙を時々盗み、その情報をもとに汚職事件のスクープをものにして記者になった。 「わかったよ。やってみる」 「ペップ、ちょっと来い」 編集長が怒鳴っている。 「メール係のマットはお前の紹介だったな」 「はい」 「あいつはクビだ」 「なんで？」 「これを見ろ」 第一線記者に来た手紙の封が開けられている。 「勝手に手紙の封を開ける奴をメール係に雇えるか！」 ジャックはたまにエリックの手紙を盗んだだけだ。 マットは初日に全員の手紙を盗んだ。 しかも、ペップの手紙の封まで開いている。 あいつは馬鹿か。 「もういいから、家で家事でもやっていて。掃除と洗濯でいいわ」 「洗濯って、君の下着の洗濯もするのか」 「当然でしょう」 「うひひひひ」 喜んでやがる。駄目だ、こりゃ。 マットは家事をやりながら、転職サイトで仕事を探したが、見つからなかった。 「どうするの？」 「俺、専業主夫じゃ駄目かな？」 何を馬鹿なことを言っているんだ。 角な座敷を丸く掃くような家事しか出来ないマットなんかに主夫は務まらない。 「三ヶ月以内に仕事を見付なかったら、あんたとはもう無理。 出て行ってちょうだい」 「そんな……」 「バイトでもなんでもいいから、働きなさい！」 コーヒーショップでバイトした。 注文間違えてばかりで、三日でクビ。 交通誘導員になった。 交通混乱を起こし一日でクビ。 清掃員になった。 ゴミを撒き散らし、半日でクビ。 窓ふきのバイトをした。 ゴンドラから転落し、病院に運ばれた。 「なんで落ちた？」 「命綱つけ忘れた」 「なんで助かったの？　」 「たまたま、下のコーヒーショップの屋根でバウンドして。骨折で済んだ」 「死ねばよかったのに」 「すみません。コーヒーショップの弁護士だけれど」 「何？」 マットがバウンドした屋根の修理代、3000ドル請求されれた。 次に病院の事務員が来た。 「マットさんは保険に入ってなかったんで、治療代6000ドルいただきます」 「清掃会社に請求して」 「うちは試用期間で、本契約はしていないから払う義務はない。 それよりゴンドラ壊した修理代3000ドル払ってくれ」 清掃会社の弁護士が言った。 結局全部ペップが払った。 でも二人は別れなかった。 もうしょうがない。 ペップはマットを犬として飼うことにした。 「頼むから、人を噛まないでよ。いいわね」 「わん」 マットは言った。

back to 「他力本願」目次
back to MAIN MENU(Nihongo)
back to MAIN MENU(English)