これまで、さまざまな画家や漫画家が、「ヤプー」の世界をビジュアルに表現してきました。
　その中でも、「ヤプー」が主題とする「白人女性の凛とした美しさ」を見事に表現しているものといえば、何といっても村上芳正氏の絵でしょう。彼の描く白人女性の、冷ややかなまでの気品と美貌は、見るものを魅了してやみません。

　２０１１年１０月２８日まで、神楽坂の「アーディッシュ」で開かれております「家畜人ヤプーの世界〜村上芳正原画展」。「ヤプー」ファンにとっては、堪（こた）えられない催しでございます。
　何しろ、村上芳正画伯による挿絵やポスターの原画が、『家畜人ヤプー』挿絵の原画を中心に７２点！　こんな夢のような展覧会が、９月１５日から１か月以上に渡って開かれるのですから、奇跡ですぢゃ〜〜
　村上芳正氏の画業を正当に評価し、 しかも数ある氏の画業の中でも、『家畜人ヤプー』の原画に注目して、 かような素晴らしい展覧会を実現してくださった主催者の皆様のご慧眼と、開催までのお骨折りには、 『ヤプー』ファンとして感謝感激の至りでございます。

【参照】
　　　http://blog.artdish.co.jp/g/
　　　http://barano-tessaku.com/
　　　http://www.artdish.co.jp/artdish/acsess.htm

会場のアーディッシュ。 東西線　神楽坂駅 １番口　出て右折　徒歩30秒		「ニッポンレンタカー」の看板が目印

　会場の「アーディッシュ(ardish)」は、展示室付きの飲食店でして、幅２ｍ長さ3.5ｍほどの展示室と、飲食スペースに分かれております。
　『ヤプー』原画は主に展示室に展示され、飲食スペースには、村上氏の描いた『ヤプー』以外の挿絵やポスターが展示されております。

　『ヤプー』は、言うまでもなく女性上位な世界そのものを描いておりますが、村上氏の作品は、『ヤプー』以外にも女性上位な世界を想わせるものがあります。
　特に、「ルードヴィッヒ」ポスターの原画には惚れ惚れ （…もっとも、このポスターの絵に「女性上位」を感じるのは、 ワタクシの偏向した感性によるものかもしれませんが）。
　『ヤプー』の原画をしみじみ眺めるのは、やや憚られるものがありますが （でもしみじみ眺めましたが）、それ以外の原画は、平気でしみじみ眺められるのが嬉しい。

飲食スペースにもポスターや装画の原画が

　さて、飲食スペースと展示室に分かれる「アーディッシュ」。
　展示室の方は、壁が真っ白に塗られております。
　一方は大きな窓。残り三方に、『ヤプー』原画が、上下２列に並べて貼られておりまして、それはそれは華やかで瀟洒な小室となっております。

　その小室に展示された『ヤプー』の原画の 多くは、これまで書籍の挿絵で親しんだ作品でしたが、 全く見たことのない絵も何点かありました。１９７０年秋に出版されました「限定版」に掲載された挿絵です。中には、彩色されたものもあります。
　そのような原画を拝見できますことは、 まことにありがたいことでございます。

白い展示室に展示された『家畜人ヤプー』原画の数々

　それら原画を眺めているうちに、
「おしゃれＳＭ」
なるフレーズが脳裏に浮かびました。

「おしゃれ」と申しましても、ただ時流に乗った軽佻浮薄な、という意味ではございません。
「ドエス」だの「ドエム」だの、性倒錯としてのサドマゾヒズムとは無縁な言説とは異なり、なにしろかの『ヤプー』の挿絵ですから、そこに描かれているのは、正真正銘のサドマゾの世界です。
けれども、村上氏の描く「ヤプーの世界」には、「サドマゾ」ということばにつきもののおどろおどろしさが（全くないとは言わないが）それほどきつくなく、 ノーマルな人たちも眉を顰めることなく、鑑賞することができます。
「綺麗で美しいＳＭ」、
すなわち「おしゃれＳＭ」でございますな。
なんと申しましょうか、ＳＭはＳＭでも、「縛り・ローソク・鞭・浣腸」とは違った世界が展開しているのでございます。

愚仙人、「縛り・ローソク・鞭・浣腸」の「実践ＳＭ」を否定するものではございません。我が友人の多くはその世界の人たちですし、愚仙人（を脳内に宿すＲ氏）自身、その世界の住人でごいざいます。
ノンケの方たちが見たらさぞや顰蹙ものの行為が、こちらの世界では日常的に行われているのでごいざいますが、それはこちらの世界のこと。
その世界をたまさか覗き見たノンケの方たちが、行為のおどろおどろしさに眉を顰（ひそ）めようが、顔を顰（しか）めようが、知ったことではございません。
現在の日本で「ＳＭ」といえば、そうした実践ＳＭの世界を指すのが通例でございます。

けれども、と、愚仙人は思うのである。
本当に、「実践ＳＭ」だけがサドマゾヒズムのすべてだろうか？

実践ＳＭのおどろおどろしさに幻惑されることなく、サドマゾヒズムという不思議な心の動きの本質を見極めるならば、そこには、ノンケの方たちにも理解できる「愛の形」というものが存在し、特殊な性的嗜好を有する人たちの春情を刺激する遊戯（プレイ）だけではない、芸術の領域にまで昇華できる何かが、確かに存在するのではないだろうか？

分かりやすい例を挙げるなら、谷崎潤一郎ですな。
彼が「痴人の愛」や「春琴抄」で描いているのは、女性上位なサドマゾヒズムの世界ですが、それが特殊春情小説であるにとどまらず、一般人の鑑賞に耐える、立派な文学作品となっております。

では、沼正三はどうかと言えば、 彼が『ヤプー』を特殊春情小説として書いたことは、彼自身の書いた「あとがき」を読めば明らかです。
けれども、その特殊な春情の中核には、
「美しい女性に身も心も捧げ尽くしたい」
という、唯美主義的な衝動＝女性美崇拝衝動が存在するというのが、愚仙人の見方でございます。
そうした清らかな（？）衝動を、人間ビデや人間便器といった、極端な形で表現したのが、『ヤプー』という小説だと言えるでしょう。

「美しい女性に身も心も捧げ尽くしたい」という、 唯美主義的な衝動に基づきながらも、異形の表現がつづく『ヤプー』の世界を、村上氏は、抽象に逃げることなく真正面から受け止め、氏独特の華麗なる装飾的手法によって、一般の人たちにも受け入れられる作品として表現したのでございます。
そこには、実践ＳＭ一色に塗り潰された感のある現在のＳＭ界が、見失ってしまった大切なものがあるように思われてなりません。

…と、まあ、こんなことを感じさせられた、原画展鑑賞でございました。

飲食スペースは２つに分かれている		壁の中ほど、白く輝いて見えるのが、展示室への入口

飲食を楽しみながら、絵を観賞できる